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サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

普通の人々の共感を呼ぶのにぴったりのポジションはドラフト下位指名の選手たちだ 『ドラヨンなぜドラフト4位はプロで活躍するのか?』読後感

 

ドラヨン なぜドラフト4位はプロで活躍するのか?

ドラヨン なぜドラフト4位はプロで活躍するのか?

  • 作者:田崎健太
  • 発売日: 2019/10/16
  • メディア: 単行本
 

 

ドラフトに焦点を当てた田崎健太氏のルポシリーズ。私が読んだのは2冊目なのだが、このシリーズは氏にとっての3作目で、この作の前には『ドライチ』(既読)、『ドラガイ』がある。

 

さて、副題にもある通り、ドラヨンの選手は大活躍したイメージが強い人が多い。筆頭はイチロー氏だろう。鈴木一朗という銀行の記入見本に出てくるような平凡な本名の彼の高校時代の主なポジションは投手。そのため投手としての獲得を目指した球団の評価は非常に低かった。ヤクルトなどはスカウトが指名対象から外してしまっていたほどで、打者としての素質を高く評価していた当時の野村監督から、後になって担当スカウト氏は手酷い叱責を受けたというこぼれ話もある。打者としても「当たれば儲けもの」くらいの感覚だったのではないかと推測されるのがドラフト4位という指名順位だろうと思う。プロ入り後も3年間は不遇の時期が続いていたが、策士仰木彬氏が監督に就任し、登録名を「イチロー」にしてから大ブレイク。その後の活躍は広く知られた通りだ。本人の努力と、指導者の慧眼がうまくマッチングしたことで最高のサクセスストーリーが描かれた。

 

標題の一冊にはイチロー氏の事例は取り上げられていないが、彼の事例に勝るとも劣らぬブレイク事例が6名分記されている。阪神で4番打者を務め、晩年には「代打の神様」と呼ばれた桧山進次郎、国際舞台に強かった他、シーズンでも15勝を挙げたロッテの渡辺俊介、西武・中日で通算2000本以上の安打を打ち首位打者も獲得した和田一浩(余談ながらこの方のご令室は私の知り合いの娘さんである)、日本ハムで守護神を務めた武田久、巨人・中日に在籍し犠打の世界記録を持つジイこと川相昌弘、広島の本塁を長い間守り、珍プレー番組の常連でもあった「ペテン師」達川光男の各氏である。

 

ちなみに桧山氏が指名を受けた1991年のドラフト会議ではオリックス鈴木一朗(前述の通り、後のイチロー)、広島は「アニキ」金本知憲近鉄中村紀洋、をそれぞれ4位で指名氏している。各氏の後々の活躍を考えるとこの年は空前絶後のドラヨン当たり年だった。さらにいうとこの年はパンチョこと故伊東一雄氏が最後に司会を務めた年にあたるそうだ。

 

さて、ドラヨンの選手たちに共通することは一つ。最初から恵まれたポジションを与えられていた訳ではないということだ。上位指名の選手たちは即戦力として期待されてすぐに一軍で使われることが多い。また、素質を見込んで指名し、育成に数年費やす場合も指導者がつきっきりで英才教育を施すというイメージがある。対して4位指名レベルになると、何らかのアピールポイントはあるものの、「上手く育って貰えば儲けもの」くらいの感覚で、首脳陣から向けられる熱量はドラフト上位指名選手に向けられる熱量と比較すれば明らかに落ちる。スタート時点でのこの遅れを取り戻すためには、努力、それも自分のストログポイントを徹底的に活かす努力をするのが最低限必要なことであり、その上で数少ないチャンスでその努力の成果をしっかり見せなければならない。

 

ドラヨンから大成した選手たちが骨太な感じがするのは、こうした努力と運をものにしてきたという物語を、世に出てきた時点で既に背負っているからなのだろう。何年かに一度必ずドラヨンで活躍する選手が出現し、その度にスポーツ紙やスポーツ雑誌で「ドラヨン」選手特集が組まれる印象があるが、すんなり世に出たドライチ選手たちよりも読み応えのある文章に仕上げることができるが故の風潮だろう。努力しながらも報われなかった選手が、ある日大活躍をする、あるいは慧眼の持ち主に大抜擢を受け、華々しく一軍の試合に出場する…、努力が報われていないと感じている世の中の絶対多数の人間にはウケるネタであるのは間違いない。

 

まあ、プロ野球の球団からドラフト指名を受けるような選手の運動能力というのは、そもそもずば抜けているはずなので、何かしらのきっかけで大ブレイクを果たしてもおかしくはない人物たちが揃っている。そのきっかけってやつが、どんなもので、いつその人物のもとに訪れるか分からないから、人生は悲しいし、面白い。

 

良い指導者との出会いかもしれないし、コンバートやフォーム改造、役割の変更(中軸を打つような選手から繋ぎ役への変更、先発から中継ぎへの転向など)などのわかりやすい変化かもしれないし、実戦の場での気づきかもしれない。イチロー選手の打撃開眼はある試合でボテボテのセカンドゴロを打ったことから、というのはよく知られた話だ。そのきっかけに気づかない場合だってあるだろう。

 

そしてこういうことの全てはいわゆる普通の人々の生活の中にもあるお話だ。なんらかのきっかけさえあれば俺だって…という思いは多くの人々の心にあるはず。だからこそ、そうしたきっかけを掴んだドラヨンの選手たちのサクセスストーリーは人々の心を奪うのだ。

 

 

これからもドラヨン選手たちから新しいスターが続々と生まれてきてくれるだろう。スカウト諸氏にはその時の人気や知名度に関係ない本当の「お宝」を発掘し、ドラヨンで指名していただくことを期待したい。