東海大相模高校から東海大に進み、大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)でプロ野球選手としても活躍し、引退後スカウトに転じ、30年の間スカウトとして活動した後、現在は東海大野球部の監督として行進の指導に当たっている長谷川国利氏のスカウト時代の回顧録。
長谷川氏のスカウト在任時代はドラフト制度が激変した時代でもあった。逆指名やら自由枠やら高校生と大学生・社会人との分離ドラフトを経て、現在の指名が競合した場合のクジ引きという制度にようやく落ち着いた。育成選手というのを独自に指名するようになったのもここ数年のお話。とはいえ、育成契約を含めて毎年プロ球団に入れるのは100人程度という狭き門であり続けている。
スカウトの仕事は優れた素材を発掘するとともに、その素材をいかに入団にまで導くかというのが大きな二本の柱だが、入団させてもそこで終わりではない。入団後のフォローから、夢破れての退団後のフォローまで多岐に渡る。このフォローというのを欠かすと、選手の供給源となる高校や、大学、社会人チームとの関係がうまくいかなくなる。実に面倒臭い仕事だが、自分が見つけてきた選手が一軍で活躍するのを見るのがスカウト冥利に尽きる瞬間だろう。特にそれが下位指名であったり育成指名であった場合は特に強いのではないか。
逆に、高い評価をつけて指名した選手が2、3年でクビなんてことも少なからず起こるわけで、その際のダメージも、今度は上位指名した選手ほど強いことだろう。真に以て労多くして功少なしという職業の典型だ。特に逆指名制度があった時代は、人間関係を駆使してせっかく入団の意思ありというところまで漕ぎ着けても、条件闘争であっさりと横から資本力のある球団にさらわれるなんてこともあっただろうから、悔しい思いをしたことも多々あったに違いない。
長谷川氏の回顧は実際の選手の名前が出てくるので生々しい。あ、あの選手のあの順位での指名の影にはこんな駆け引きがあったのか、とか、あの選手指名順位こそ低かったが、プロ入り後に伸びたのは、素人目にはなかなかわからないこんな長所があったからなんだ、というのが具体的に綴られている。私のような蘊蓄垂れたがりの大好物であるこぼれ話が満載だ。
実際のエピソードに関しては是非とも本文に当たっていただきたい。特に在任期間の長かった巨人時代に関しては、坂本、岡本、長野などの指名に関わるお話がかなり詳らかに語られているので巨人ファンにとっては興味深い話が満載だ。
どの球団に属しているにせよ、スカウト活動の基本は原石を見出す目利きになるためのリサーチと、その原石を入団に導くための、関係者との人間関係作りだ。他球団スカウトが築いていた強固な人間関係のおかげで指名挨拶やら指名のための調査やらを最初から拒否されてしまったことも数知れず。大洋時代は言うに及ばず、巨人のスカウトに転じてからもこうしたケースは少なからずあったようだ。「巨人ブランド」の威力が薄れつつあり、最高の活躍の場がMLBであることが明白となってしまった現在、スカウト活動も新たな難しさに直面しつつあるが、日本にプロ野球というものが存在し続ける間は、スカウトという仕事も存在し続ける。一人でも多くの隠れた好素材を発掘し続けていただきたいものだ。
