脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

カットされてしまった部分にこそ「童話」が本当に訴えたかったことがある 『怖い童話』読後感

 

図書館から借りてきた一冊。

 

よく言われていることだが、世に出版されている「童話」は、かなり改ざんされている。「童話」という名の通り、児童向けの書籍ゆえ、残酷な場面などはなるべくカットして、口当たりをよくする必要があるからだ。悪いことをした人物たちは当然その報いは受けるのだが、受ける罰の内容までは詳細に語られない。

例えば、シンデレラ。大抵の場合、シンデレラを散々いじめていた二人の義理の姉はガラスの靴に足が入り切らずにお妃にはなれなかった、というようなあっさりとした記述で終わってしまうが、原典では無理矢理に足を靴にねじ込もうとして、足を切り取り、血まみれになるという描写がある。さらに姉たちは最終的には鳥に目をつつき出されて盲目になってしまうという罰まで受けるのだ。王子とシンデレラは末長く幸せに暮らしました、めでたしめでたし、で終わらず、悪いことをした人間は徹底的に罰せられるのだ。

 

日本の民話も同様に残虐さが割愛されて「童話風」に書き換えられたものは多々あるが、グリム童話など、海外の童話の方は実に頻繁に「血」が登場する。さすがは、肉を食いなれた国々に広く知れ渡った物語集だけのことはある(笑)。

 

標題の書では、児童向けの書から割愛された残虐シーンを忠実に再現するだけではなく、その物語に込められたより壮大な意図までを読み解くことを企図している。

 

例えばピノキオ。この物語は日本ではディズニーアニメの影響で、最後にはクジラに飲み込まれるというストーリーが広く知れ渡っている。私も朧げな記憶にあったのはディズニー版のストーリーだったのだが、原典ではピノキオは無邪気なイタズラ好きではなく、もっと複雑な悪ガキ、かつ平気で生き物を殺してしまうような無慈悲な存在だった。野原しんのすけがもっと狡賢く、経済的視点をも持ったような、一種の怪物とも言えるような存在だったのだ。そしてこの物語にはピノキオを騙して金を奪おうとする狐と猫が登場するが、これは当時のイタリアに近代経済が入り込んできて社会全体が大きく揺らいでいる中、「うまい話には絶対に裏があるぞ」という戒めを表しているそうだ。そして終盤ではピノキオは一度死んで生き返る。これはフリーメーソンの重要な教義である「死と再生」を巧みに盛り込んだ展開だというのが著者中見氏の主張。元々の物語の作者であるカルロ・コッローディーはフリーメーソンのメンバーであり、その教えを広める効果を考えたストーリーなのだそうだ。

 

なかなかに怖いお話ではある。情報に対するリテラシーが低い年代において、こうした物語をうっかりと刷り込まれてしまえば生涯に渡って影響を及ぼすことになる。たかだか童話、と侮ることなくしっかり内容を読み込んだ上で、その訴えることの背景には何があるかを深く考えてから子供に与えるべきなのだ。幼い姪っ子ちゃん二人の将来を考え、本を与える前にはまず内容をよく吟味しないといけないな、と思わされた一冊だった。