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サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

かつての栄光も歴史の中に埋没してしまうのか? 『永遠のPL学園 六〇年めのゲームセット』読後感

 

図書館の本棚で見つけた一作。春夏通算7度の優勝を誇り、プロ野球にも数々の名選手を多数輩出してきた高校野球界の超名門PL学園の栄光と凋落の歴史を克明に追ったルポルタージュだ。

 

古くは「逆転のPL」として名を馳せ、「KKコンビ」で人気沸騰、立浪、片岡、野村、橋本、宮本らを擁して2度の全国優勝を果たした「黄金世代」…。一時は高校野球の王者といえば「PL学園」を指した時代もあった。しかし、2013年に新規部員募集を停止し、2016年に最後のチームが夏の予選で敗退してから休部状態が続いている。それどころか、PL学園中高ともに志願者数が激減し、学校としての存続が危ぶまれているという状況。学園の存続のみならず、PL教の信者そのものが激減し、教団自体の存続すら危険視されている。

 

一体何がPL学園高校硬式野球部の凋落を招いてしまったのか?大きな要因は部員による暴力事件の発覚と、それに伴ってある意味面白おかしく取り上げられてしまった理不尽な「謎ルール」の数々だろう。下級生は上級生には「はい」か「いいえ」しか言葉を許されていないとか、最上級生になるまで使ってはいけない階段があるとか。昭和の部活なんざ、大なり小なりそんなことはいくらもあった、という意見もあろうが、時代は平成から令和と移り変わり、今までなら被害者が我慢したり、関係者の圧力で揉み消したりしていたことが、どんどん明るみに出る時代になった。サッカーをはじめ、野球の他にも「金」になるスポーツも増えた。そしてPL以上に野球で実績を上げる高校も続々と出てきた。何がなんでも「PL」で野球をやって甲子園に出て、プロになるという夢を持つ少年たちが減ってしまったのだ。

 

そして野球部の弱体化は教団の弱体化をも招いた。PL教団PL学園入学を志望する生徒の親にも入信することを義務付けており、野球部華やかなりし頃は、入学希望者も増え、信者もどんどん増えていった。信者増に伴って懐が温かくなった教団は、野球部の強化に力を入れ、野球部はますます強くなってさらなる信者増を招く、という好循環が続いていたのだ。しかしそんな蜜月は第二代目の教祖の死去に伴って消えた。二代目ほどは野球(というよりスポーツそのもの)に熱心ではなかった三代目となってからは、徐々に教団自体が野球部にかける熱が減じていった。そして今は教団内の勢力争いなどの結果、世間的に「暴力球児の巣窟」というマイナスイメージを持たれている野球部を厄介者扱いする人たちが教団の主流派となっているらしい。いやはや。栄枯盛衰は世の常とは言いながら、無常感を感じざるを得ない。

 

著者柳川氏は、こうした「歴史」を詳らかに紹介しながら、現時点で最後のナインとなってしまった2016年のPL学園野球部の部員たちの姿を克明に紹介している。部員数わずかに12人。そのうちの一人は1年遅れの入学であるため、試合には出場できない。そして最後の大会を前に、大怪我をした部員が2名。最後のナインは文字通り「最後のナイン」だった。選手たちは精一杯努力したものの、力およばず、公式戦で一勝も挙げられないまま最後の夏を終えた。試合後に泣き崩れる選手たち、そして絶望的な状況下にありながら声援を送ってくれた観客、OBたちへの感謝を述べた主将。彼らを悲劇のヒーローに祭り上て、ハイおしまい、ではあまりに呆気なさすぎる。部外者である私ですらそう思わざるを得ない結末だった。

 

とはいえ、野球部復活はほぼ絶望と見て良いだろう。有力OBの桑田真澄氏らが野球部復活に向けて様々な活動を行っているということは聞き及んでいるが、教団そのものの存続が危ぶまれる状態では高校野球どころではない。寂しいが、かつてこんなチームがあった、という文脈でしか語れなくなっていってしまう可能性が限りなく高い。中高と剣道部だった私にとって、PL学園は野球の強豪校であったという以上に剣道の強豪校でもあった。こちらもまた、歴史の中に埋没してしまう可能性が高く、やはり寂しさを感じざるを得ない。