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サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

落合博満は名将なのか?それとも破壊者だったのか? 『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』読後感

 

 

ブロ友の皆様、遅ればせながら明けましておめでとうございます。今年も、興味を惹かれた事柄に関して節操なく文章化していく所存でございますので、よろしくお付き合いのほどお願い申し上げます。

 

さて、新年一発目として取り上げたのが標題の書。

 

落合氏といえば、現役時代からオレ流を貫き、さまざまな批判を実績で封じ込めてきた人物。高校時代から、部活の上下関係に嫌気がさして、度々退部したが、試合の度に部員たちに引っ張り出され、4番で快打を連発していたなどのエピソードに事欠かず、組織に与せず我が道を行くというイメージが強かった。

 

そんな落合氏の中日ドラゴンズ監督就任が発表された時は少なからず驚いた記憶がある。日本のプロ野球にありがちな、現役時代に功績のあった人物を引っ張ってくる、いわゆる「人寄せパンダ」の役割を負わせるにはちょっと疑問符がつく人物だったからだ。「名選手必ずしも名監督ならず」という言葉を地で行くのではないか、と巨人ファンである私は密かに期待していた。

 

ところが、在任8年でBクラスは一度もなし。リーグ優勝4回、よりによって巨人がリーグ優勝し、クライマックスシリーズを導入した初年度に巨人に勝って進出したことを含め、日本シリーズ出場5回、チーム53年ぶりの日本一も達成し、中日史上最高の監督となってしまった。

 

これもよく知られた話だが、落合氏は、こと野球に関しては実に博学多才で、野球の話を始めたらそれこそ一晩や二晩語り明かしても語り尽くせないくらいの引き出しをお持ちだそうだ。加えて、選手に対しての目利きも優れている。森野将彦は立浪の後継者として見込み、自らの手で徹底的に鍛えて主軸打者に育て上げた。二塁手の定位置に「安住」しようとしていた荒木雅博は肩に不安があるのを知りながらあえてショートにコンバートして選手寿命を伸ばし、結果的には2000本安打を達成させた。球速ばかりを追い求める吉見一起には試合の流れを読む目を培わせて、確実に勝ち星を挙げる方法を学ばせ、エースへと成長させたし、先発でバリバリ投げたいと思いながらも、そこまでのレベルにないと打ちひしがれていた左腕投手の小林正人には、サイドスロー転向を指示して、左殺しという役割を与えた。いずれの選手もそれぞれの持ち場で結果を出すプロフェッショナルとなり、落合政権下のドラゴンズを支えた。

標題の書は、こうして落合氏に鍛えられた選手たちの姿を描きながら、落合氏の実像に迫るというなかなかに凝ったつくりになっている。それぞれの選手の心に落合氏がどのように映っていたのかを窺い知れるとともに、指導者としての落合氏がどのような哲学で球団を強くしようとしたのかがかなり詳細に描かれているのだ。

 

落合氏は、球団を確かに強くはしたのだが、勝ちはするものの観客が増えないことは球団経営陣を苛立たせた。そこに球団内の勢力争いなども絡んで、素晴らしい実績を挙げ続けていたにも関わらず、最後は石もて追われるように球団を去り、さらには「嫌われた監督」という不名誉な異名まで頂戴してしまった。その後のドラゴンズの低迷の責任まで落合政権時代に選手を「使い切り」、中長期的な視点に立っての強化を怠ったためだ、などという言われ方までされた。実に見事なトリックスターだったと言えよう。

 

結果として、長らく優勝はおろかAクラス入りもままならない状態が続いているというのに再登板を望む声が全く聞こえてこないという状態になってしまっているし、適任者がなかなか見つからないと予想された他球団からのお呼びもかからない。阿部政権が今季も低調に終わった場合、巨人が一種の劇薬として落合監督を誕生させてくれないかと密かに期待しているのだが、生え抜きではないことと、日本的な家族経営的な運営には馴染まないことからその望みは薄そうだ。

 

このまま、指導者としても稀有な才能をもつ落合氏を在野のままにしておくのはあまりにも惜しい気がする。それこそアルビレックスとかくふうハヤテみたいなファームだけの球団あたりが手を上げないものか。チーム運営に関しても選手育成に関してもかなりの手腕が期待できるはずなのだが、まあ、この両球団だと年俸の問題がネックになるんだろうな。独立リーグ、台湾、韓国も然り。このまま「サンデーモーニング」のご意見番では終わってほしくはないのだが、悲観的な状況は如何ともし難い。