脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

庶民の目線で唯物史観的に見た「世の中」の物語 『人類最年長』読後感

 

図書館から「衝動借り」してきた一冊。島田氏の小説を読むのはかなり久しぶりのこと。

 

物語は一人のホームレスの男が怪我をして保護されたところから始まる。神楽幹生と名乗るその男は、保護された際に負っていた傷の他、脳に金属の影が認められたために、開頭手術を行ったのだが、その鉄の破片は日露戦争の際に使用された爆弾の破片だったのだ。

 

そして、神楽の世話を任された女性看護師に、神楽が自分のこれまでの生涯を語るという形で物語が展開されていく。最初は半信半疑、というよりは頭に傷を負った影響で、荒唐無稽な話が始まったと聞き流していた看護師だったが、その精細な記憶、そして何より神楽の語る話が、全て「史実」と一致していることにより、神楽が150年余を生き抜いた人物であることを確信していく、というのが大まかなあらすじだ。

 

島田氏にしては珍しい、SF的な設定で描かれた作品だ。しかし、話の進み方は、SFというよりは幕末から昭和初期にかけての民俗学的なレポートのようだった。黒船来航により鎖国時代が終わり、西洋に追いつけ追い越せが最優先の国策となり、庶民の生活は激変した。そして、その変化は、日本の生活に根付いた大家族的でのどかな村落共同体を解体し、農業を主な生業としてきた人々に、否応なしに世界経済の中の歯車として働くことを強制した。一方で領土拡大のための戦争を起こし、いくつかの戦いには勝利したものの、最終的には敗戦国となり、国のシステムがまるっきり新しいものに変わってしまうという経験もした。そしてそこからの復興を経て、一時は経済大国として世界に冠たる存在となり、今現在は凋落傾向に加速がついているという状態だ。

 

島田氏は、神楽の視点を借りて、あくまで冷静に世の中の移り変わりを語り続ける。結局人間は己の物欲を充足させるために動くのだという、唯物史観的な見かたをしているなぁ、と感じたのは島田氏が社会主義への親和性が高いという私の勝手な「思い込み」によるものだろうか?いずれにせよ、カネがモノをいう世界が作り上げられてしまったのは事実だ。そんな現世を、幕末の人間が実際に見たらどう思うだろうか、という視点でシニカルに描いたのがこの作品だ。

 

最後に神楽は「長生き人生」のバトンを女性看護師に託し、行方不明となった。「後を託された」女性看護師は本当に神楽ほどの長い人生を送ることとなるのか?その辺のことは曖昧なまま物語は終わる。

 

読んでいて、大隈重信の「人生125年説」を思い出した。人間は25歳で「最高潮」となり、その状態のまま125歳まで生きられるはずだとする「学説」だ。残念ながら正確な記録の残る史上最高齢は122歳。ただ、これからの日本の政治家たちには、寿命が125歳まで伸びることを前提とし、100歳過ぎてもしっかりと生きられるような社会を作り上げる努力をしてもらいたい。70代くらいの政治家は今の平均寿命を考えると、自分があと10年くらいしか生きられないと思っているから、その残りの10年で最大の利得を得るための政策しか考え出せていない気がする。子供や孫の代に負担は残したくない、などと言いながら、結局はせいぜい10年先の未来しかデザインできていない。その繰り返しで現在の凋落が引き起こされているのだ。衆院選で大勝したはいいが、数の力にアグラをかいて、既得権益守るだけで、結局何も変わらない、などということは、なしにしていただきたい。