脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

事前予想は見事に外れたものの…、読み応え十分な時代小説 『室町無頼』読後感

 

書店の店頭で、「著者サイン本」とあったのを衝動買いした一冊。

 

題名からして、織田信長あたりを主人公にした小説ではないかと、勝手に想像して読み始めたらさにあらず。

 

主人公は才蔵という少年。世にいう「嘉吉の乱」で将軍足利義教を暗殺した赤松満祐に仕えていた武士の子である。歴史の教科書には間違っても出てこない人物だ。最高権力者を殺した人物の家は断絶し、武士としての禄を食むことができなくなった才蔵の父は、農村で農民以下の存在として、使いっ走りなどの雑役をこなすことでかろうじて生計を立てている。その子に生まれた才蔵には希望の持ちようがなかった。父に倣って雑役をこなす傍らで、我流で六尺棒を振り回す毎日。

 

この我流ながらも、毎日鍛錬し続けることが「強さ」につながった、という主人公の話は別の時代小説にも登場した。私は中学、高校と剣道部に所属していたが、もっと真剣に素振りを繰り返していたらもっと強くなれたのかもしれない。

 

余談はさておき、才蔵は父の死を機に都に出て、油売りの大店の行商として働き出す。ある日、売上金を狙って襲ってきた牢人を撃退したことで、比叡山延暦寺の資金を元手にした土倉(金貸し)の用心棒として雇われる。

 

そこで、この物語の重要な脇役、骨皮道賢と出会い、その後の運命が大きく変わっていくこととなる、というのが身も蓋もないあらすじとなる。道賢は京都の治安を預かる立場だが、当時の乱れ切った世の中をどうにかして変えていきたいという志を秘めた人物。

 

そして同じ志を持つ人物として蓮田兵衛という人物も登場する。彼は言ってみれば往年のヤクザ映画に出てくるような織り目正しい侠客。権力には楯突くが、市井の人々に対して危害は加えない。むしろ市井の人々に安寧をもたらすためには今の世の中を変えるべきだという志を持ち、「革命」の機会を静かに待っている状態だ。

 

道賢と兵衛は表向きは仇同士だが、世の中を変えたいという共通の意識で、一種の親友のような間柄でもある。一方で芳王子という遊女をめぐる恋敵でもある。この芳王子も重要な脇役の一人。ついでに言うと、才蔵の童貞喪失の相手でもある。

 

さて、才蔵は道賢から蓮田に身柄を託される。蓮田は棒術の達人「唐崎の老人」に才蔵の鍛錬を委託する。才蔵はこの老人にそれこそ死の一歩手前まで鍛え上げられる。どのように鍛えられたかは是非とも本文をお読みいただきたい。鍛錬方法そのものはなかなかに想像が難しいのだが、その鍛錬の結果、卓抜した技量を身につけた才蔵の感想については実にわかりやすく描写されている。この後才蔵は「吹き流し才蔵」として武名を都に轟かすこととなる。

 

垣根涼介氏は、ご自身の作品についてその全てを「冒険小説」であると解説している。例えば『君たちに明日はない』シリーズのような、現代の人間の生活そのものに密着したような小説であっても、転職や退職というイベントは人生を大きく左右するような冒険であるという考え方に基づくものだ。

 

この物語においては、乱れ切った世の中をなんとか安定させ、民に安寧をもたらそうと奮戦する蓮田と道賢の姿が描かれる。そして才蔵は世の中を変えるために必要な「武」の実践者であるとともに、革命勢力の「力」の象徴としての役割をも担うことになるのだ。いざとなれば「吹き流し才蔵」がどんな難敵でも倒してくれるという意識は、ともすれば烏合の衆になりがちな土一揆勢に一本芯を通すのに大いに役立った。

 

残念ながら、奮戦虚しく蓮田、道賢の思いは実現しなかったが、こうした都の民衆のムーヴメントが一つのきっかけとなって応仁の乱が起こり、やがては戦国時代に突入していくのである。民が安心して暮らせる世が来るのは、彼らの蜂起よりも一世紀くらい後にはなったが、無法が蔓延る世の中を少しでも秩序のある方向に持っていこうとした彼らの奮戦は決して無駄ではなかった、と考えることに救いがある。