こんな本買ってたっけ?と思いながらKindleのライブラリーから引っ張り出した一冊。題名の通り、世界の歴史の中で「戦う女」として名を馳せた人物10名を紹介している。
恥を忍んで告白すれば、私がこの書に紹介された人物の中で知っていたのはジャンヌ・ダルクとナイチンゲールくらい。それも、ホンの断片的な知識だけ。さらに恥を曝け出してしまえば女性だけの戦闘集団であったアマゾーンなどは、すっかりブラジルの種族だと思っていた。
と言うわけで、この一冊は私にとっては未知なる世界に導いてくれた一冊となった。
印象に残った女性は二人。
まず一人はナイチンゲール。クリミア戦争で負傷した兵士たちを敵味方の区別なく献身的に看護した聖母のような慈愛に満ちた人物だと勝手に思い込んでいたのだが、さにあらず。もちろん看護師の草分けとして、卓抜した看護技術とあふれんばかりの博愛精神は持ち合わせた人物だったのだが、それ以上に、医療というものを根本的に改革した人物だったのだ。彼女が一番問題視したのは、怪我人が収容されていた病院の不潔さ。狭い空間にぎゅうぎゅうづめに押し込まれ、トイレも十分になければ、清掃もろくにされない状態の当時の病院は怪我人を癒すどころか、感染症に罹患させて引導を渡す場所と称するのが相応しい場所だった。ナイチンゲール女史はこの劣悪な環境を打破するため、大改革に乗り出す。そしてその過程で、看護に必要な物資を、必要な分だけいかに迅速に補給するかという課題をクリアしてしまうのだ。今でいうロジスティクス改革を果たしたことになる。彼女は目的を達成するためには、上司であろうが、医師であろうが、軍の上層部であろうが、それこそ怒鳴りつけてでも従わせる強さがあった。小学校低学年向きの伝記本などでは描ききれない強烈な人物だったのだ。
もう一人は、アフリカのアンゴラで現在でも崇拝されているという女戦士ンジンガという人物。この方私は全く知らなかったし、アフリカの歴史でも研究している人でなければ知っている人はいないだろうというようなことを著者黒澤はゆま氏本人も語っている。16世紀に当時の最強国家の一つであったポルトガル、そして、虎視眈々とアンゴラの征服を企む周辺の部族たちと互角以上に渡り合い、ついに独立を守り抜いた女性だ。この方は王家に生まれたものの、王位を受けたのは兄。この兄がひどい人物で、政治的才能も軍事的才能も全くないくせに、人一倍欲望と猜疑心だけは強く、ンジンガを含む自分の姉妹の子供を殺した上に、毒薬を混ぜた煮えたぎった油を姉妹たちの局部に注いで生殖能力までも奪ってしまう。ンジンガはこうした仕打ちに耐え、ポルトガルとの外交交渉で一歩も引かない駆け引きを見せたかと思えば、周辺の部族と合従連衡を繰り返し、自国への侵略を許さないという軍事的功績も挙げる。そして民衆の絶大なる支持を得て、兄を王座から引きずり下ろし、自分が女王の座につくのだ。いやはや。せせこましい勢力争いばかり繰り返している、どこかの国の政治家は彼女の爪の垢でも煎じて飲むことをオススメしたい。
黒澤氏は、「はじめに」の中で、今までの歴史研究においては、政治や軍事の世界で活躍しようとする女性たちにとってのロールモデルとなるべき人物が紹介されてこなかったと述べているが、よくよく考えてみればその通りで、理想の女性像として「推奨」されるのは、慈愛に満ちた献身的な女性ばかり。ナイチンゲール女史なんぞは勝手に考えられた「理想の女性」像を押し付けられた被害者と言って良いだろう。男性ばかりが力強い改革者として描かれてきたのは男が本質的には女を恐れているせいか?などと書くと、茶化すんじゃねーよ、と怒られそうだが(苦笑)。
折しも、米大統領選では、再選を目指したバイデン氏が撤退を表明し、後継候補と目されているのが女性であるハリス氏。もし彼女が当選すれば、今後政治を志す女性のロールモデルとなりうるかもしれない。「理想の女性」像を考え直す意味でも意義深い一冊だったと思う。