私の好きなプロ野球蘊蓄モノ。
FA制度や現役ドラフトの導入、さらには人気、実力を兼ね備えた選手が続々とMLBに出ていってしまうドライな昨今においては、トレードに関してのネガティブなイメージは薄まりつつあるものの、まだまだ「球団として戦力とは考えていないからこそ放出された」と見る向きは多い。つい20年くらい前まではなおさらのこと。特に巨人や阪神といった人気球団からパリーグの球団に放出されると思いっきり「都落ち」などと書き立てられたものだ。
しかし、人気のある球団は選手層が厚く、余程の実力も持ち主か、あるいは一芸に秀でているなどの特色を持たない限りレギュラーに割って入るのは難しい。その他に、監督やコーチ、フロントの人間との諍いなどの「人間関係」も起用に影響したりする。実力はそれなりにあるのに、プレイ以外の原因で出番がなくて腐っている人物は想像以上に多いと思う。
標題の書には、腐っていた一時期を経て、球団から見放されて新天地に赴いた後に大輪の花を咲かせた選手が30人紹介されている。
私個人として一番印象に残っているのは世にいう「江川騒動」のあおりを受けて、巨人から阪神に移籍した小林繁氏だ。当時巨人のエースだった小林氏は阪神に指名を受けながら巨人以外は入団拒否の姿勢を強硬に主張した江川卓氏との変則的な「交換トレード」という形で阪神入り。その年、巨人戦に負けなしの8連勝を飾り、「元巨人のエース」の意地を見せつけるとともに、最多勝に輝き、沢村賞を受賞とキャリアハイの堂々たる実績を残した。当時は、小林氏が巨人戦に登板した際は小林氏を応援した巨人ファンは多かったのではないか。少なくとも私はそうだった(笑)。他にも巨人から中日に移籍し、移籍初年度に20勝を挙げた西本聖氏、落合博満氏との1対4トレードの一員として、兄貴分と慕う星野新監督の元からロッテに移籍した牛島和彦氏などが印象に残っている。
こうした、逆境にあっても挫けずに大輪の花を咲かせた人物は、ニッポンのサラリーマンにとっては我が身を投影しやすい物語の持ち主たちだ。「環境さえ変われば、俺だって活躍して見せる」と思いながらも根強い終身雇用制神話と養わなけばならない家族に縛られて、心ならずも、嫌な職場に留まり続けている人は、おそらくは岸田内閣に不支持を突きつけた人数よりも多いはずである。王や長嶋、近年でいえば大谷みたいに突出した実力あるスーパースターにはなれなくても、いい環境といい上司、仲間に巡り合いさえすれば、クリーンアップの一角くらいは任せてもらっても恥ずかしくないくらいの活躍はできる。そう思いながら鬱々と過ごしている人々にとって、最も自己を投影しやすいのがこの書に紹介されている30名の選手たちだ。
作者中溝氏は、各々の選手たちがターニングポイントを迎えたことを、この記事の題名にも挙げた「だが、男の運命なんて一寸先はどうなるか分からない……」という言葉で表し、その後の快進撃の記述につなげている。残念ながら私はこの言葉の後にそれこそどん底に突き落とされた記憶はあるが、大逆転して人生が一気に薔薇色に染まったという経験はない。今の努力が、大逆転につながることを信じて研鑽を積み続けていくのみである。