脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

野球にとことんこだわった「働くおじさん」の半生記 『92歳、広岡達朗の正体』読後感

 

 

大好きなプロ野球蘊蓄モノ。本書は常にプロ野球に対して鋭い視線を送り、現役プレーヤーや首脳陣たちを舌鋒鋭く批判し続けている広岡達朗氏の半生を、彼に関わった様々な人々へのインタビューを中心に綴った一冊だ。

 

私が広岡氏に抱くイメージは、ド正論を吐く嫌味なおっさん。言っていることは常に正しいので反論の余地はないのだが、物言いとかキツい言葉選びのせいで、最後には嫌われ者になってしまうという人物像だ。TVのプロ野球中継で、ショートの選手が三遊間を抜けそうな当たりを横っ飛びで捕って素早く一塁に送球し、アウトにしたような場面で、アナウンサーが「⚪︎⚪︎選手のファインプレーが出ました。三遊間抜けそうな当たりでしたが、よく捕ってアウトにしましたね」と実況しようものなら、広岡氏は冷笑しながら「いやプロなら、アウトカウントや投手の投げるコース、球種を考え併せて、予めポジションを変えておき、正面で捌くべきです。あんな当たりを飛びついて捕るなんて恥ずかしいですよ」と返して、その場の空気を凍りつかせる。こんな場面に何度も出会した。直近では侍ジャパンWBC優勝にもグサリと一言。「アメリカが本気を出してMLBの選手を送り込んできたら、日本なんかかないっこない。アメリカが本気を出してこない優勝なんて意味がない。」沸き立った日本の世論に思いっきりの冷や水を浴びせかけた一言だった。

 

誠に以ってご説ごもっとも。広岡氏の現役時代の華麗なるプレーと、監督時代の偉大な業績に裏打ちされたプロ野球論、プロ野球選手論にはどう反論したって勝ち目はない。ただし「その通り だから余計に 腹が立ち」という川柳に読み込まれているのが人情というもの。側で聞いている我々ですら広岡氏の解説には少々腹立たしいものを感じるのだから、現場の人間たちはさぞかしムカっ腹立てているんだろうなという予想は容易にできる。

 

勝つのは難しくない、されど、勝ち続けるのは難しい、とも言う。広岡氏は弱小と言われた球団を強化する特効薬ではあったが、同時に副作用も強い劇薬でもあり、長く用いれば深刻なダメージをもたらす。ゆえにヤクルト、西武では確かな実績を残しながらも短期政権に終わった。

 

広岡氏自身も、短期政権に終わったことについては「もう少し『言葉』をうまく使えていればよかった」と後悔じみたコメントを本書の中で残している。ただ、個々人の技術だけを高めていけばいいってもんじゃないってのは、組織を管理する者にとって、良い反面教師となるだろう。

 

さて、本書は、広岡氏がなぜ現在のような人格を持つに至ったのかについて、幼少期から語りおこし、早稲田大学時代、巨人の現役選手時代、現役引退後の指導者生活と順を追って、各時代の様々なエピソードと関係者のインタビューをもとにアプローチしている。故川上哲治氏との確執、王貞治氏や黒江透修氏といった巨人時代の後輩、水谷新太郎氏、工藤公康氏などの教え子たちからのエピソードはどれをとっても興味深い。最後に関わった球団である千葉ロッテでの人気者ボビー・バレンタイン氏との軋轢では、広岡氏ばかりが悪者とされてしまったが、チームを強くしようという熱意は誰よりも強く持っていたこと、これと見込んだ選手に対しては粘り強く指導をし続けたことなどが明らかにされ、物事は一方向からだけ見ていたのでは真の姿がわからない、という真理を改めて思い起こさせてくれた。

 

そして広岡氏は92歳となった今現在においても、野球への情熱は決して衰えていない。野球を見つめる眼差しは相変わらず厳しいが、それもこれも日本の球界の未来を思うからこそ。体力的な問題で今後現場復帰する意向はないそうだが、生あるかぎり警鐘を鳴ら続けていただきたい方である。