脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

持つべきは自分を客観視する視点 『ネガティブ感情向き合い練習帳~イライラ、モヤモヤ、自己否定感がみるみる消えていく~』読後感

 

休職生活も1年を超え、「今後は文筆業で生きていく」という、自分自身の中での決意は固まったものの、まだまだココロがスッキリしない日々が続いている。特に10月、11月はココロの状態が低調な日々が結構な長さで続いた。

 

そういう状態への一つの対処方法が、私の場合はメンタルヘルス関係の本を読むこと。内容的には大同小異で、結局は自分の責任においてモノゴトに対処していくしかないというのが大まかな結論なのだが、決意をもって行動に踏み切るまでの考え方や細かな方法については、各著者独自のものがあるので、それなりに参考にはなる。

 

この本から得た新しい視点は、「過去の似たような経験の際に感じた感情が、現在の経験の際に浮かび上がってくる」というもの。確かに、例えば交通渋滞などでイラついている時などは、過去渋滞に巻き込まれて痛い目にあった時の不快感などが蘇ってきて、余計にイラつきが増す。目の前の実際の状況よりも、過去の出来事の際の感情に引っ張られて、ココロのエネルギーを空費してしまうのだ。

 

私の場合、ココロのエネルギーの空費が最もひどく起こるのは、母と接触する時だ。母は認知症の初期段階にあり、私の保護者ではなく、私に保護される立場にあるのだが、いまだに「自分は親で、子供を保護し導く立場にある。だから子供は親の言うことには無条件で従うべきだ」という態度で、私の行動、言動に対していちいち説教を垂れたがる。そういう状況そのものにも確かにイラつくのだが、「あの時、母の言葉に従って行動したが、良い結果を産まなかった」とか「こちらの都合に関係なく電話してきて、長々とどうでもいい話を散々聞かされた」などの出来事の際に感じたイラつきを思い出して怒りがどんどん増幅していく。終いには「母親が『安定が第一』という価値観を無理やり刷り込んだせいで、自分は希望した職業に就くことができず、結果として会社の仕事に適応できずにメンタルを病んだ」という半ば八つ当たりのような感情までが浮かんできて、怒りをぶつける結果を招く。で、毎回毎回喧嘩腰になって疲弊するのだ。

 

つらつら考えてみると、母に関することだけでなく、何かを決断する際には常にまず最悪の状態を想定してしまっていた。しかも想定するだけならまだしも、最悪の状態に追い込まれた際の状況だけは細部まで鮮明に想像してしまうので、勝手に身動き取れない状況に自分を置いてしまい、結局はストレスに満ち満ちた日常に甘んじるしかないという状態をずっと続けていたことに改めて気づいた。

 

今は、とにかく、最悪の状態にまで勝手にネガティブ思考を走らせる癖だけはなんとか治そうと努力し、それなりに回避できるようにはなってきた。文筆業に本格的に取り組む決意が固まったのも、この改善のおかげだ。ただし、まだ日常のホンのちょっとした綻びから、悪い方悪い方に考えてしまう考え方から完全に自由になれたわけではない。

 

そんな状況の改善について一つの示唆を与えてくれたのは、この本の「ネガティブ感情が生じそうになったら、まず、その状況の『事実』を客観的に眺めてみること」という考え方だ。

 

例えば、書いた文章が採用されなかった時に「ああ、もうだめだ。俺は文筆業者として失格だ。もう二度と依頼が来ないかもしれない」という感情にとらわれるのではなく、「採用されなかったことによって、自分はショックを受けて落ち込んでいる」という事実を冷静に見つめ直してみるということだ。前者の状態だと、ただ落ち込むだけで何もアクションを起こすことはできないが、後者ならば「なぜ落ちたのだろう?どの部分が悪かったのか?次はどこをどう改善すれば採用されるだろう?」とネガティブ感情に引きずり回されず、「現実」への対処の方にココロが向く。エネルギーを空費せずに有効活用できるというわけだ。

 

今は休職中でストレスが著しく低い状態なので、ちょうどいいトレーニング期間として、冷静さを身につける訓練をしていこうと思う。