脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

「疫病史観」という視点もありかも 『疫病の日本史』読後感

 

コロナ禍も3年目。もはや「コロナ対策を講じた上での生活」が日常に「定着」し、「コロナ前」の日常がどんなものであったのかが朧げになってしまった感がある。

 

それでも我が日本は世界各国に比べれば被害は少ないそうだ。原因としては島国であるという地理的な条件、移民の受け入れに消極的だという政策的な要因もさることながら、iPS細胞で名高い山中伸弥氏によれば、日本人に特有の要素(ファクターX)が考えられるらしい。ファクターXについての詳細は↓をご閲覧いただきたい。

www.covid19-yamanaka.com

 

このファクターXの一つとして挙げられているのが「マスク着用や毎日の入浴などの高い衛生意識」。そしてこの「高い衛生意識」のルーツがどこにあるのかを歴史的に解き明かすというのがこの本の大きなテーマのひとつだ。

 

西欧諸国などではマスクの着用をめぐって暴動が起きるほどの国もあった。例えば、アメリカなどは、疫病というものに対し、マスクという防衛策を講じることは「弱々しさ」を示してしまうことにつながるという意識が根底にあったようだ。いかにも独立を「勝ち取った」国にふさわしい根本思想である。これに対し、日本の場合には「他人に迷惑をかけてはいけない」という意識がまず第一にある、というのがこの書の解説。聖徳太子が定めたとされている十七条憲法の筆頭に「和を以って尊しとなす」と書かれて以来の日本人の根本思想だし、私自身の心境を振り返ってみても、マスクを着用し続ける理由の最たるものは、おそらくこの「他人様に迷惑をかけてはいけない」という意識であると思う。

 

また「毎日の入浴などの高い衛生意識」のルーツは、死や病を穢れとして忌避する「神道」の考え方である。穢れを祓うのは「禊」、すなわち水によって洗い流すこととなるが、この「水によって洗い流す」という行為の前提となっているのは、日本の国土に清らかな水が無尽蔵と言って良いほど大量に存在していることだ。また、あちこちに勝手に薬効のある温泉が湧き出していたということも、頻繁な入浴を習慣づける要因となったと指摘されている。

 

なるほど、自分自身では特別意識はしていなくても、日常のホンの小さな行動にも「歴史」が影響していることに気付かされた。一人一人の心がけの影響は高が知れているが、大多数の日本人が同じように行動しているとなると、実に大きな力になる。明確な因果関係があるとは認定されてはいないものの、有力な「ファクターX」である。

 

その他に興味深かったのは南米におけるカソリックの浸透の影にはペストがあったということ。欧州は南米に進出する前にペストの大流行に見舞われており、それを乗り越えた人々には抗体ができていた。しかし当然のことながら南米の人々には抗体はなく、武力の差よりもまずペストで倒れた人々の方が多かった。そこでペストにビクともしない体を持っていた白人たちに対し畏怖の念を抱くようになり、彼らが信仰し、布教していたカソリックに次々と帰依していったそうである。なお、カソリックの信者たちが海外進出を目指した背景には、宗教改革によりプロテスタント勢力が増してきたことがあった。

 

うーん、歴史って面白いなぁ。教科書には味も素っ気もない事実しか記載されていないが、その事実の影には実にさまざまな要素が絡み合っており、その要素をひとつひとつ掘り下げていくことは実に興味深い。この書が取り上げている「疫病」が果たした役割も実に大きい。南米に攻め込んで行った欧州の人間にペストの抗体がなかったら、ローマ法王に南米の出身者が就任するようなことはあり得なかっただろう。これは一つの大きな影響の例だが、その他にどんな影響があって、それが現在の世にどんな影響をもたらしたのか、「疫病」という観点から歴史を捉え直すことは、特に今の状況下においては有意義なことではないかと思う。

 

さて、今回のこのコロナ禍は今後の世界の動向にどんな影響をもたらすのだろうか?例えば、必要に迫られてテレワークが普及した結果、人が集まって働く場所という従来の「会社」というものの像が大きく揺らいでいるが、この働き方やコミュニケーションの取り方の変化が50年後、100年後の社会にどのような変化をもたらしているのか?早くも、東京への人口流入よりも流出の方が多いという変化が現れているように、「都市」というもののあり方が変わってきているようだ。自分自身で変化の全てを見ることは到底無理なお話だが、勝手な想像はどんどん膨らんで行ってしまう。