脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

支離鬱々日記Vol.142(お題とその他諸々)

今週のお題「わたしの実家」

 

年明けから何しろ会社の仕事でバタついた。経理締めの日に二件処理ミスが発覚するわ、同僚が怪我してそのフォローに回らなきゃいけないわ、面接はあるわ、半日の研修はあるわ、おまけに金曜は狙ったかのように首都圏にだけ降った大雪のおかげで、物流が大混乱し、その対応で時間を取られるわで、一番重要な仕事が完全に後回しになってしまった。まあ、結局は大した問題もクレームもなく、会社の業務は粛々と回っていて、私の気持ちが引っ掻き回されただけだったが。気持ちが引っ掻き回された分、精神安定剤を通常の2倍飲んでなんとか凌いだ。一応一日の最高摂取量の範囲内だったので、問題はないと思うが、飲んでも結局気持ちは落ち着かなかったし、もしかしたらこれから後遺症が出てくるのかもしれない。

カラダの話でいうともう一つ。年末から右眼の充血と痛みがひどかったのだが、年明け早々左眼まで同じ症状が出てきた。両目が充血してるなんざ、ウサギのようだが、今年は寅年だ、なんて洒落にもならない。1/5にようやく年初診療を開始した目医者に行って薬をもらってきたので、徐々におさまりつつはあるが、例えばPCの画面を眺めていた時に、携帯が鳴ってその画面を見ようと近場にピントを合わせようとした場合などにかなりの痛みを感じる。一昨年末に苦しめられた強膜炎の再発のようだ。しかも両目。全く厄介なお話だ。

 

さて、オハナシを唐突に強引に「お題」の方に持っていこう。

 

またかとお思いかもしれないが、昨年10月より当家は郷里に移住した。現在の住居は、私の実家まで車で約10分、最高権力者様の実家までは同約15分という場所に位置している。転居の一つの目的は、私の実母が要介護認定1を受けたことによる、彼女のケアなので私の実家にはほぼ毎日夕食を食べに行っている。母親の作った料理を食べるためだ。

母親に料理を作らせるのは「献立を考え、買い物に行き、さまざまな技術を駆使して料理を作る」という行為は認知症の進行を遅らせるのに効果的だとされているからだ。当家で料理を作って食わせるのは簡単なお話だが、母のリハビリのための訓練の一助として料理を作ってもらっているのだ。実際に当家の家事の負担が減るというメリットも当然享受しているが。

 

先日は、時間がなかったんだか、面倒臭くなったんだか、飯だけは炊いてあったものの、おかずがきんぴらと白菜の漬物だけで「今日は何にもないよ」と開き直っていたので、「やる気がないんなら、こっちが夕食作るとか、施設に入れるとか本気で考えなきゃいけないぞ」ということを怒気を含ませて言い渡した。手抜きの食事を食わされたことにも当然怒りを感じたが、それ以上に「やる気」を失ったら認知症の進行が早まるだけという状態に陥るからだ。翌日からは流石に「主菜」ともう一品くらいが食卓に並ぶようになった。こういう意識づけも重要になってくるのがこれからの日常ってやつだ。

最高権力者様の実家には週に1回くらいの割合で訪問している。当家が一番買い物をするスーパーがすぐ近くにあるのでその帰りに寄ったり、ちょっとした届け物なんかを持っていくのが目的だったりするのだが、ついでに姪っ子ちゃんに会いたいという下心を常に持っている。彼女は保育園に行っているので、夕方以降でないと会えないから、なるべく夕方以降に行くことにしている。とはいえ毎回会えるわけではないが。最近ようやく我々の存在に慣れてくれたようで、抱っこも高い高いもさせてくれるようになった。私が今一番気をつけるべきは、東京から余計なウイルスを持ち込まないことだ。姪っ子ちゃんの笑顔を奪うわけにはいかない。何より姪っ子ちゃんが泣いていると私が悲しくなる(笑)。

 

というわけで、実家に行くことは特別なイベントではなく、今や日常だ。むしろ会社に行くという状態の方がよっぽど特別なイベントになっている。こういう状態の方が本来は自然なのだろう。何より快適だ。どうせオミクロンが増えるのなら、なるべく出社しないこと、という命令が会社から出るくらいの状態になってほしいなどと不道徳なことを考えてしまったりもしている。