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サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

日本演劇の基礎の基礎をマンガで学んでおくことは無駄なことじゃないよ 『マンガ歌舞伎入門』読後感

 

 

日本の全て演劇の基本となっているのが、江戸以来の伝統を誇る歌舞伎。残念ながら、観劇料も高いし、演目に関してのあらすじくらいは知っていないと、台詞回しの難解さや、時代背景の理解に気を取られ、舞台上の役者の所作や声色、「盛り上げ方」などの生の観劇の醍醐味を味わえないままない終わってしまう。解説を聞きながら観る、というのは不慣れな人間の王道観劇法ではあるが、実際の舞台の味わいを「理解」はできても「味わう」までには至れない方法だ。

私も10回程度、ナマの舞台を観には行ったが、全部解説付き観劇だったので、結局はあらすじを追いかけに行ったようなもの。別に玄人ぶって、「松島屋!」とかいう掛け声までをかけようとは思わないが、せめて、現代の「普通」のドラマや映画を観るように、「普通」に舞台を味わうくらいの基礎知識は身につけておきたい、ということで、いくつか歌舞伎関連の本を買い求めてある。例によって「積読」あるいは「溜め読」ばかりではあるが。

 

標題の一冊は、文字を読むほどの気力はないが、さりとてただ入浴時間を過ごすのも癪だということで、本棚から引っ張り出した。歌舞伎のストーリーを頭に入れておくことは自分自身の中の課題の一つではあるし、マンガなら細かく頭を使う必要もないということで読み始めた。

 

取り上げられた演目、そのストーリー解説は是非とも本文をお読みいただきたい。古き良き時代の少女漫画のタッチで、わかりやすく「意訳」されてうまく表現されている。まあ、なんというか複雑怪奇な人間関係が描かれた物語が多い。偶然知り合い、一緒に悪事を働きながらも固い絆で結ばれた人物が実は生き別れになっていた兄弟だったり、お互いに恋慕の情を持った男女が実は異母兄妹だったり…。ご都合主義じゃねーのか?ってツッコミのひとつも入れたくなるような物語が少なからずあるが、事実は小説より奇なりともいう。どんな奇想天外な人間関係であっても存在する可能性は必ずある。輪廻転生を基本思想として持つ仏教の教えによれば、現世で縁のある人物はどこかの世で関係があった存在であるともいう。その「どこかの世」の縁を現世の不思議な縁に置き換えて、わかりやすい形にして示すというのは歌舞伎がほとんど唯一の「演劇」であった時代においては、むしろ「常識」だったのではないだろうか?

 

なんてなことに思い至っただけでも、この本を読んだ価値はあった。

 

とにかく歌舞伎は演劇の一つの形であり、演劇を生で観ることの一つの価値は、役者の動きやセリフ、そしてその全てから伝わってくる「雰囲気」というものを味わうことにある。また、長い歴史を持つ歌舞伎の舞台は、後の世に成立したいろんな演劇や舞台の「原典」ともなっているし、コントなどパロディーの元ネタも多分に含まれている。

 

加藤茶氏などは実に巧みに歌舞伎のミエの切り方を身につけてネタに取り込んでいる。一昨年に大ブームを巻き起こした『半沢直樹』などは『半沢歌舞伎』などと称されるほど、「わかりやすいメリハリの効いた演技」が特色の一つだった。市川猿之助片岡愛之助など一流の歌舞伎役者は、現代劇の画面でありながら、完全に歌舞伎役者の演技をしていた。市川中車として歌舞伎の舞台にも立つ香川照之の演技もわざとらしいまでに憎々しかったが、彼に悪役のメイクである「隈取り」でもさせれば、そのまま歌舞伎の演目として通用したのではないか(笑)?

 

歌舞伎にせよ宝塚歌劇にせよ、ある種の制約や決まり事の下に長年続いている「表現形式」を知ることは、現代の表現を一段深く理解するのにとても役に立つ。そして特に歌舞伎は、時代は変われど、人間の「業」というものの深さ、暗さに変わりはないという事実をも改めて認識させてくれる。勝手に敷居を高く感じることなく、もっと気軽に、身近に感じて欲しい表現形式であり、その理解の一助とするには有効な一冊であったと思う。