2020年を代表する大ヒットコミック。コミックの単行本のみならず、TVのアニメ、その延長としての劇場版映像作品、さらにはその映画版のノベライズ本が軒並み大ヒット。映画は日本の映画興行収入の一位獲得目前だし、ノベライズ本もぶっちぎりのベストセラー。さらには登場キャラや作品の世界観を商品に付与した、いわゆる「コラボ商品」も巷に溢れ返り、それがまた全て予想を上回る売れ行きだというのだから、作者も出版社も、コラボ企画者も全てが笑いが止まらない。それこそ社会に対して鬼のような絶大な影響力を及ぼしたこの作品、遅ればせながら読んでみた。
主人公竈門炭治郎(おお、一発で正しく変換された)は、鬼に、妹の禰豆子(こっちはダメ)を除いた家族全員を惨殺される。その際、禰豆子は瀕死の状態で生き残っていたが鬼の血を浴びたため、自身が人の血肉を求める鬼と化してしまう。これ以上鬼の被害者を出さないため、そして禰豆子を人間に戻すために、炭治郎は鬼殺隊に入隊し、さまざまな強敵と戦ううちに、戦力がアップし、また力強い友を得ていき、最後には最大の敵である鬼舞辻無惨に立ち向かう、というのがストーリー。
これだけの人気を誇る作品にイチャモンをつけのは少々怖いのだが、あえて言おう。ストーリーの骨子は「鬼切丸」そのものだ。要するに普通の人間には太刀打ちできない暴力性を持った鬼に、特別な能力を持った人間たちが立ち向かう、というのが基本構造だ。
ここに少年ジャンプの黄金律が加わる。すなわち「正義•友情•勝利」という三つのキーワードで表される展開だ。この三つのキーワードは、『リングにかけろ』以降のギャグ漫画を除くヒット作品には全て貫かれている。『北斗の拳』が典型だ。また、最初はギャグタッチであった『キン肉マン』や『魁!男塾』なども、シリアスな武闘モノに転換して大ヒット作に成り上がっていった。
正義のヒーローが過酷な修練で必殺技を手にし、苦闘の末に次々と敵を打ち破り、最後は巨大な悪を倒す。その過程でさまざまな能力を持った友たちと出会い、力を合わせることによって、新しい必殺技を手にしたり、あるいは友の死による悲しみや怒りが主人公の巨大なパワーに変わる。
この作品が私がイメージしたストーリーと異なるのは、敵のキャラの物語が同情を買いやすい、すなわち、「人の道を外れて鬼になったのにはやむに止まれぬ理由があった」という隠されたストーリーの描き方が巧みだということだ。ラスボスの鬼舞辻以外は、それぞれに同情を買うにふさわしい物語を背負っており、いまわの際にはその悲しい物語が再現される。そして、ヒーローの炭治郎はその悲しみを我が物として感じとり、精一杯の慈悲の心で見送る。そしてその悲しみを汲み取った心がまた強さを増すための糧となっていくという構造は実に見事にジャンプのヒット作のパターンを踏襲している。『北斗の拳』のケンシロウも同じように死んでいった者たちの悲しみを背負って大きくなる、とされているが、あの作品の場合は、最初の宿敵南斗聖拳のシンを倒した時点で一旦完結した物語を、読者からの高い評価で無理やり続けてしまったので、設定に無理があった。極悪非道な敵役は死んでからしばらくして、無理やり主人公たちから悲しみを背負わされたキャラに作り変えられてしまうのだ。最大のボスキャラ、ラオウなんぞはその典型である。
もう一つは結末の潔さである。『リングにかけろ』をはじめとして、死んだはずのヒーローたちが生き返る(あるいは絶体絶命の状態で落命していたと思わせておいて、かなり強引な手段で助けてしまう)作品もジャンプヒット作の悪しき伝統だったのだが、この作品では生き返りは一切ない。煉獄杏寿郎という、かなりのいい男キャラ(人気も高いらしい)も、出てきて最初の戦いで、割と呆気なく死んでしまう。そして生き返らない。
物語自体も、鬼舞辻を倒したらそこでお終い。スピンオフ作品はいくつかあるようだが、実は鬼舞辻の血を濃く受け継いだ子供なり親戚なりがいて、次の敵となって立ちはだかる、みたいな強引な延命策は取られていない。これだけ世間を騒がしておきながら、実際の連載はすでに終了して、続編への含みも一切なし、というのは潔い限り。ようやくジャンプも往生際が良くなってきたようだ。
合間合間にちょっと笑えたりほのぼのとしたシーンが入るのだが、この加減もなかなか快適だった。この辺は、かっこいいとか、歌が上手いとかダンスが切れてるとかの「基本的な価値」の他に、TVのバラエティー番組のひな壇のコメントで笑いを取れるような「頭の回転が速い」タレントが人気を博すのと同じような傾向だろう。こうしたシーンが効果的に作用したことで、ジャンプの「ヒット作制作マニュアル」に沿うだけでなく、ちょいと一味変わった作品となったこともヒットの要因の一つであろうと思う。
現時点での比較的若い層の日本人にウケる要素というのをいくつか抜き出せただけでもこの作品を読んだ価値はある。「子供の読むもの」とバカにして読まなかったら後悔したであろう作品であることは事実だ。