脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

卓球とは100m走をしながらチェスをするようなスポーツ 『卓球超観戦術 0.3秒間のラリーから戦術を読み解く』読後感

 

ここのところ、私は↓のサイトで週1回「ツギクルTリーガー」という記事を書かせてもらっている。

tleague.sponity.jp

 

私には今まで卓球を競技として行った経験はない。せいぜい温泉卓球か、もしくは中学や高校時代に机を適当に並べて、上履きの底とか筆箱で打ち合う「卓球もどき」をやったことがあるくらいだ。

 

当然のことながら、あまり興味もなく、知ってる選手といえば、男子は張本智和選手に「張本キラー」戸上隼輔選手、女子は伊藤美誠早田ひな平野美宇の「黄金世代」くらいだけ。連載が始まるまではろくに卓球の試合も観たことがなかった。

 

幸いなことに私の「素人目線」で、これからの期待の選手を紹介していく、という企画は今の所なかなか好評をいただいているようだ。また、Tリーグには将来有望な選手がそれこそ山のようにいて、しばらくは書くネタに困らない(笑)。

 

さて、標題の書は、私が泥縄式に卓球の知識を少しでも身につけようとKindle Unlimitedのラインアップから引っ張り上げた一冊。日本卓球界のパイオニアにしてレジェンド、そしてTリーグの発足に関して大いに貢献した松下浩二氏による、現代卓球の入門書だ。

選手が試合中にどんなことを考えているか?ラバーの貼り方をフォアとバックで変える選手が多いのは何故か?といったミクロの視点での疑問から、何故中国は強いのか?一時期は無敗を誇った日本の卓球が国際舞台で勝てなくなったのは何故か?というマクロな視点での疑問まで、丁寧に解説してくれている。私のように手っ取り早く基礎知識を身につけたい人間にとっては最良の一冊だったと思う。

 

特に目からウロコだったのが、スマッシュというのが絶対的な決め球ではないという事実。スマッシュは球にあまり回転をかけずにパワーで押し込む打法で、バウンドした後の変化があまりないため、相手選手にとっては絶対に返せないボールではないのだそうだ。それゆえ、現在は強打する場面でも球に強い回転をかけたドライブが主流。卓球をちょっと知っている人なら常識の範疇かもしれないが、私には新鮮な驚きだった。

 

中国の強化と、ほぼ同時期に始まった日本の低迷の理由も興味深かった。卓球に限らず、中国という国は、いざ腹を決めたら、徹底的に強化してくるというイメージがあるが、そもそもの人口の多さも相まって、国中の優秀なアスリートがこぞって集まり、卓球に専念していることで、優秀な選手が毎年毎年ワンサカと誕生してくる。国ごとの選手に出場制限がない国際大会などでは中国選手が上位を独占、などという光景が数多く見られる。日本も一時の低迷期から脱して、優れたタレントたちが活躍するようになってはいるものの、まだまだ中国の壁は厚い。

 

タイトルにした「100m走をしながらチェスをするようなスポーツが卓球」という言葉は、世界選手権で金メダル12個を獲得したレジェンド中のレジェンド故荻村伊智朗氏の言葉だそうだが、この言葉はズバリ卓球の本質を突いている。自分がボールを打ち、相手がボールを返してくるまでの0.3秒の間に、次で決められるボールなのか、それとも相手の苦手なコースに打ち返してその次を狙うべきボールなのかを判断し、その判断に基づいたボールを返さなければならない。脳筋の反射神経自慢だけでは通用しない奥深いスポーツなのだということがよくわかる言葉である。

 

よしもと新喜劇の往年のスター岡八郎氏には卓球に関して有名なギャグがある。

 

飲食店の店主などを演じている岡氏の元に強面のヤクザが「借金返さんかい!」と怒鳴り込んでくる。返す、返さないの押し問答があった後、ヤクザが実力行使とばかり暴力に訴えようとする。そこで岡氏は次の様なセリフを返すのだ。

「ふん、お前らヤクザはすぐにそうやって暴力に訴えようとしてくる。こうなったらこっちも黙ってへんで。おい、俺は怒ったら怖いぞ。というのはなぁ、俺は学生時代、ピンポンやってたんや

 

ここで舞台上の人物全員が盛大にズッコケるというのがお約束だった。

 

実はこのギャグ、ギャグとして通用しないのではないかと思う。優れた卓球選手なら、相手が殴りかかってきても動体視力の良さを活かしてかわしまくることは可能だし、鍛えたフットワークで相手にパンチが届く間合いに入らせないこともできる。機をみてスマッシュよろしく腕を振り回せば、相手にダメージを与えることだってできそうだ。

 

岡氏は故人ゆえ、このギャグは復活しそうもないが、日本の卓球選手が、ある種武道の達人の様な佇まいとなり、卓球が格闘技に勝るとも劣らぬ激しいスポーツとみなされる日はそう遠くないと思う。