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サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

ひたすら阿部サダヲを鑑賞すべき作品ではあるが… 『死刑にいたる病』鑑賞記

 

死刑にいたる病 [Blu-Ray]

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女房殿のセレクションで借りた一作。

 

櫛木理宇原作の小説の映画だったようだが、原作については読んだことがなく、純粋に映画作品として鑑賞した。連続殺人犯榛村大和(阿部サダヲ)が一件だけ訴えた冤罪について、事実はどうだったのかを、大学生筧井雅也(岡田健史)が解き明かしていくというサイコミステリー。

 

まず、出だしの榛村の表情が秀逸。それこそ眉毛ひとつ動かすことなく、被害者の爪を剥ぎ取るというシーンにゾクゾク。この無表情を味わうだけでもこの作品を観る価値はあると思う。人懐こい顔つきでコミカルな演技に定評もある阿部氏が、とてつもなく怖い。

 

榛村の殺す人物には一定のルールがあった。成績がよく、真面目でルックスもいい中学生か高校生。特に手指の美しい人物。男女は問わない。彼のお眼鏡に適った人物を拷問小屋に連れ込んで、十分に拷問を加えて被害者に限りない苦痛を与えた後に殺す。ま、ある意味典型的な「美意識」を持ち合わせたサイコキラーの手口ではある。ただ、とにかく阿部サダヲが怖い。

 

二十数件にわたる殺人事件に関し、すんなりと事実を認めた榛村だが、最後の一件だけは冤罪であると強硬に主張している。最後の一件は被害者の年齢が26歳と、彼の定めたルールに反している上、爪はぎも行っていない。警察も弁護士ももはやまともに調べようともしない。二十数件の殺人事件だけで死刑は確定的で今更一件だけを云々しても仕方がない状態だからだ。

 

というわけで、なぜか榛村は周りの期待に反して、三流大学に通う大学生筧井雅也に再調査を依頼するのだ。雅也は中学時代、榛村の経営するパン屋の常連客で、厳しい父親から暴力を受けていたことを慰めてもらっていた間柄ではあったが、特別な関係にあったわけでもない。雅也はそのことに引っかかりを感じながらも榛村の連続殺人事件をもう一度洗い直す。

 

そしてその「捜査」の過程で、「実は…」という事実が次々判明し、謎が謎を呼ぶ展開となってくるというのが大まかなあらすじ。サスペンス故にネタバレさせてしまっては元も子もないので、ストーリー紹介はここまでにしておく。

 

繰り返しになるが、とにかく阿部サダヲが怖い。実際に拷問・殺人におよぶ姿が怖いのはもちろんだが、実は一番怖いのが、自分の意図のままに周りの人間を操る術に長けているところ。自らは手を下さずに、相手の罪悪感や恐怖心に訴えて自分の思うままに行動させる。例えば兄弟の一方ばかりを褒め、褒められた方には「期待を裏切ってはいけない」という恐怖感を与え、褒めない方には「期待に応えられていない」という罪悪感を抱かせる。そしてその上で、あくまでもその兄弟各々の意思として、お互いを傷つけ合わせるのだ。

 

こういう他人を操ることに長けた人物は私の小学校時代にもいた。暴力は悪だという教師の「錦の御旗」を掲げて私の腕力を封じ、その上で、取り巻きにじわじわと圧力をかけて、いつの間にか私を排斥していったのだ。おかげで、私の小学生時代は屈辱に塗れたものになった。後に中学にする際にはそいつは地域の中で一番優秀な生徒が集まる、さる大学の附属中に進学した。物理的に皆と離れて、そいつからの抑圧がなくなった途端、一気に呪いが解けたように皆が皆そいつをバッシングし始めた。毎日中学からの帰りにそいつの家の前まで行ってひとしきり大声で悪口を連呼したのだ。人の心なんぞ、あっという間にひっくり返るというのを感じた瞬間だった。私自身は、試験の結果により順位がはっきりついたことで、今まで馬鹿にしてきた奴らの遥か上に位置することが判明したので、逆の意味での手のひら返しを受けて、一目置かれることにはなったが、やっぱり、人の心が簡単にひっくり返ることへの薄気味悪さは残った。

 

自らの意思によるものだと思っていた行動が、実は他人の手によって仕向けられたものだとしたら?それが「常識の範囲」にとどまっている時はいいが、暴走するように仕向けられたらどうなるか?

いや、実に怖い。阿部サダヲの演技がこの作品としての最大の魅力ではあるが、根底に流れる恐怖もなかなかのものだった。