脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

著者の執念に恐怖感すら感じた渾身のルポルタージュ 『殺人犯はそこにいる』読後感

 

2016年頃全国の書店の店頭を席巻した「文庫X」。当時私の定番立ち寄り場所だった三省堂の池袋店でもある日山積みになっており、その場で衝動買いしたのだが、結局カバーも取らず書棚の片隅に眠ること約6年。新居の本棚の整理中に目に留まったのでカバーを取ったら出てきたのが標題の書。

 

副題の「隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件」についてはすぐにピンときた。発生場所の「北関東」とは栃木、群馬両県にまたがる地域で、私にとっても多少の土地勘のある土地である。四件の殺人事件と、一件の行方不明事件の計五件からなる事案で、特に最後の行方不明事件に関しては、発生当時、両親が幼児をパチンコ店に連れて行った際に発生したということもあり、「あんなところに子供を連れて行くから悪いんだ」と思ったことを覚えている。今ならネットが大炎上して、犯人よりも両親の方に批判が集中するであろうことが想像される事件だ。

 

そして、この連続幼女誘拐殺人事件は、警察により、一人の被害者を産んだ事件としても記憶に残っている。DNA鑑定という犯人特定の「切り札」と警察がもっとも重視する容疑者の自供という二つから犯人と特定された無実の男性が17年半にも及ぶ年月の間刑務所暮らしを余儀なくされるという冤罪事件を引き起こしたのだ。

 

著者清水氏がこの事件に関わり合いを持つようになったのは2007年のこと。当時日本テレビの記者として活動してた清水氏は、上司から「ACTION 日本を動かすプロジェクト」という報道番組で「未解決事件」の取材を打診されたことに端を発する。そこで目に留まったのが、前述した行方不明事件。1996年に発生したこの事件は当時誘拐事件と判断されてはいたが、捜査は行き詰まっている状態だった。発生当時にこの事件を取材したこともあったという清水氏は、この事件に着目し、そこから警察をはじめとする、高い厚い壁たちとの「戦い」に突入していく。

 

具体的な清水氏の行動については是非本文をお読みいただきたい。私の駄文の数万倍も巧みな文章で、時間を忘れて読み耽ってしまえるほどの迫力がある。捜査の鉄則「現場百回」を地でいく、遺体発見場所、誘拐が発生したパチンコ店などの現場検証、遺族や捜査関係者への聞き取り取材、DNA鑑定の信憑性の追求に取り組むのだ。各々局面では各々の困難さが立ち塞がる。

遺体発見場所や事件発生現場は、すでに十数年の年月を経ており、発生当時の状況を再現するのは不可能。警察にとってはすでに一人の男性が逮捕され最後の一件を除けば「解決した事件」であり、今更間違いを発見されては名誉が傷つくだけなので、調査に協力する気などもとよりない。指紋の採用依頼の画期的科学的捜査方法と言われているDNA判定の関係者たちはその採用を本格化させたいため、鑑定結果の間違いなどあるはずがないとして猛反発。清水氏は時に自身の行動を虚しい努力なのではないかと挫けそうになりながらも、強い信念で取り組む。彼が驚くべきタフさで取材に当たる理由は、本の終末近くで語られるので、そこもお読み逃しなく。

 

彼の執念は、マスコミの報道によってさまざまなバッシングを浴び、深く傷ついた遺族や目撃者たちの心を動かし、警察や検察は再捜査をせざるを得なくなり、その結果として、犯人確定時のDNA判定は証拠としての正当性が否定され、また自白を強要されたという事実も浮かび上がってきたことで、犯人として逮捕された男性の無実が証明された。まさしく「日本を動かす」ことに成功したのだ。

ただし、これで事件が解決したわけでもなく、どこかにいるはずの真犯人はいまだに逮捕されていない。清水氏は取材の中で、真犯人を特定していく。殺害された幼女の一人と一緒に歩く姿がアニメの『ルパン三世』に似ている、という目撃者の印象からこの書の中では「ルパン」と呼ばれることになる、その人物への直撃取材も清水氏は行っている。直撃取材の際の印象で清水氏は「ルパン」が真犯人に違いないという確証を得るのだが、警察は動かない。この連続誘拐殺人事件において無実の男性を犯人と認定してしまったのみならず、幼女二人が殺害された「飯塚事件」の犯人逮捕の決め手となったDNA鑑定の結果の信憑性にも疑いが出てきてしまったのだ。法廷の場で「疑わしきは罰せず」という原則が貫かれるのは良いのだが、警察で「疑わしきは捜査せず」となってしまうのは、警察の存在自体を揺るがす由々しき事態のはずだ。しかし警察は動かない。

 

最終章で清水氏は「ルパン」に向けてのメッセージという形で、自らの取材が、ついに彼の逮捕にまでは繋がらなかったことの無念さを語っている。この章がとにかく怖い。文字の力で、ここまでの怖さを出現させることができるのだ、と驚いたくらいの迫力なのだ。この章を読んだだけでもこの書を読んだ価値がある。もっとも、清水氏の執念の取材という「前フリ」があったからこそ効いてくる怖さではあるのだが。

 

この書は各所で多大な反響を呼び、いろいろな賞も受賞したそうだが、そうした評価に納得のいく一冊だったように思う。