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サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

「スポーツ小説」の第一人者による短編集 『ターンオーバー』読後感

 

世間的には、警察モノの作家として広く知れ渡っているであろうと推察されるが、私の中では「スポーツ小説」の書き手としての印象が強い堂場瞬一氏のスポーツ短編小説集。

 

最初に読んだ堂場氏の作品が『チーム』であったか『二度目のノーサイド』だったかは、今となっては定かではないのだが、前者に関してはマラソンランナーが実際に走っている際の、さまざまな思惑が交錯する精神状態の描写の巧みさに新鮮な驚きを感じたし、後者に関しては、ちょうど私自身がラグビーの「現役」を引退したばかりだったので、自分の最高のパフォーマンスは望むべくもないが、もう一度「真剣」に闘うための準備をする男たちの気持ちに高いシンパシーを感じた。堂場氏は競技そのものよりも、競技をしている最中の選手の心情の描写に優れた方だな、という印象を持っている。もちろん競技中の緊迫感もひしひしと伝わってくる。ちょっとググってみたら、高校時代はラグビー部の主将だったとのこと。なるほど心理描写はリアルになるわけだ。

 

さて、意外なことにこの方の短編集は実は初体験だった。『ターンオーバー』という題名と、表紙の絵柄から、勝手にラグビーを題材とした長編小説だと思い込んで読み始めたら、いきなり高校野球のオハナシから始まったので面食らってしまった。その他、アメフト、槍投げ、マラソンラグビープロ野球がテーマとなった作品が収められている。

 

題名の「ターンオーバー」とは、主に球技で、攻撃中の相手のボールを奪って、攻守ところを変えるという局面を指す。特に、最近のラグビーでは、タックル後、密集状態ができるまでの、それこそ瞬きする間のボールの奪還というのが一番重視されているプレーで、それゆえ、タックル地点へのプレーヤーの集散と、ルールの正しい理解(密集近辺では反則を取られるケースが最も多い)に基づいた球の扱いの技術の向上が各チームのトレーニングのメインテーマとなっている。

 

いかんいかん、ついついラグビーのオハナシに熱が入ってしまった。この作品集には『ターンオーバー』というそのものズバリの名前をつけた作品は入っていない。巻末の解説で書評家の西上心太氏も書いているが、各々の作品が、その競技における「ターンオーバー」の具体的場面を描くことを通して、その場面が選手の競技人生そのものの「ターンオーバー」となりうる、可能性にまで触れている。

 

典型的なのはアメフトを題材とした『インターセプト』だろう。「インターセプト」とは、守備側が攻撃側のパスを奪取してしまうことで、アメフトの場合は歓声と悲鳴が交差する最高のターンオーバーの場面となる。それ故、攻撃側の要であるクォーターバックはパスのコースを読まれないよう細心の注意を払うし、守備側はどんな小さな綻びも見逃すまいと、神経を研ぎ澄ます。ある試合で、二度もインターセプト(一度目はボールを取りきれずに未遂には終わったが)を食らったチームのクォーターバックと、パスキャッチの寸前でボールを掠め取られた、経験の浅いワイドレシーバーの心境を描き出し、何が原因なのかをクォーターバックが突きとめたことで、その試合の流れだけでなく、ワイドレシーバーの成長、チームの成長の可能性までをも描き出すことに成功している。短い試合時間のしかも極度の興奮状態の中で、失策の原因を解明し、それを逆手に取っての反撃まで成功させてしまう…。最近のスポーツ中継では、解説者が「修正力の高い選手」を称賛する場面が多々あるが、「修正力が高い選手」という存在は漠然とイメージはできても、具体像を結ばなかった。この作品ではその一例を垣間見させてもらったという気がする。

最初の作品である『連投』が、競技人生そのものの「ターンオーバー」を一番印象的に描き出していたと思う。いわゆるジェネレーションギャップというか、当世風の価値観というか、スポーツというモノに対しての中年新聞記者(自身も高校時代は甲子園を目指していたが、怪我のために断念したという設定)と、連投が続く高校野球チームのエースとの意識のズレを描き出した作品だ。自身の苦い経験から、連投に次ぐ連投のエースの故障を心配する新聞記者に対し、このエースは「野球は高校までと決めていますから」と言い放ち、潰れることも覚悟の上で酷暑の中行われる高校野球地方予選に臨む。才能は個人のものなのか、それとも「野球界」の共有財産なのか?故障さえなければ、十分にプロも狙える能力の持ち主であるというのに、上を目指さないのはなぜか?そして、予選の決勝でそのエースが下した決断とは?

作品の仕上がり具合については是非とも実際にお読みいただきたい。スポーツをやる理由は人それぞれであるものの、根本的には「好きだから」「楽しいから」という意識がないと続かないはずだが、このエースが野球をやる上で最も重視していたことに関しての種明かしには「なるほど、今日日の若いやつならこういう考え方もありか」とうならされてしまった。

 

他の作品も、それぞれのスポーツをやっている人間の精神状態の描写が非常に興味深い。競技の未経験者にとっては新たな発見を、経験者にとっては懐かしさを感じさせてくれるであろう作品が揃った一冊だった。