脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

プロの投手の目から見た名投手たちの実像 『名投手』読後感

 

 

先日紹介した『強打者』と同じ出版社から、おそらく同じ編集者の企画として出版されたであろう一冊。江夏豊氏がプロ入りする前に「凄い」と思った投手から、実際に戦った投手、現役バリバリの投手、さらには未来への期待を含めた若手投手までを50名ピックアップし、各々の方の記録や凄さを解説するとともに、その中から「名投手」を21人選ぶというのが本書の構成。

 

21人とは本人も前書きで語っている通り「江夏の21球」にちなんだ数字である。実にわかりやすいが、まあ、1冊の本にまとめるとするならこのくらいの数が適当だろう。記録に残る投手も記憶に残る投手も少なくないのだから。

 

どんな投手が選ばれ、それぞれどんな部分が江夏氏の琴線にふれたのかについては、是非とも本文をお読みいただきたい。投球の威力が凄まじかった方もいれば、投球術の妙で打者を牛耳ったことで勝利を積み重ねた方もいる。

 

『強打者』に関する投稿でも書いたが、私自身の江夏氏に対してのイメージは「ずば抜けた速球もないし、魔球と言われるほどの変化球もないのに何故か抑えてしまうクローザー」というもので、故野村克也氏直伝の「考える野球」の実践者というものであり、そうした「野球脳」で観察した場合に誰が俎上に上がってくるのかに興味があった。

 

そんな江夏氏がリストアップした中でも、印象深いのは元西武の東尾修投手と、現役最年長選手でもあるヤクルトの石川雅規投手だ。お二人とも豪速球を持っているわけでも、取り立てて素晴らしい変化球を持っているわけでもないが何故か勝利投手になってしまうという特性がある。

東尾氏の場合は、右打者に対しての死球スレスレのボールをうまく活用していた。日本シリーズで一打逆転の場面で原巨人軍監督の原辰徳氏を打席に迎えた際に、頭上スレスレに投げたビーンボールまがいの一球などが典型だ。次の外角低めの直球を空振りしたことにより、原氏には「史上最弱の4番打者」というイメージが定着してしまった。一人のプロ選手の野球人生をも変えてしまった一球、実に味わい深い。

 

なお、東尾氏は今でも珍プレー好プレーの乱闘シーンでたまに取り上げられる、当時近鉄のデービス選手への死球なんてのもある。暴力を振るったデービス選手は退場となり、その後も多々非難を浴びたが、一方で東尾投手にも「与四球は一番少ないのに、与死球は一番多い。狙って投げているのでないか」という批判が相次いだ。この批判を受けた彼の真骨頂はデービス選手に死球を与えた次の登板。投球の9割方を打者の外角に投げ、完投勝利をかざってしまうのだ。「いつかは内角に投げてくるはずだ」という打者の心理の裏を見事にかいた勝利。実戦に自身に与えられた「風評被害」まで活かしてしまったこの事例は「考える野球」の最高峰と言って良い試合だろう。

現役最年長の石川投手は、七色の変化球を駆使する技巧派だが、突出したボールがあるわけではない。打者を見て、走者の有無や、アウトカウントなどを勘案して、抜群のコントロールで様々なコースに投げ分け、しかも緩急までつける。2021年9/9の時点で通算176勝と、現役選手の中では田中将大投手に次いで名球会入りに近い。

 

我が巨人軍も度々煮湯を飲まされている。ヤクルトは低迷期も少なからずあったため、思うように勝ち星が伸びないシーズンもあったとは思うが、野村野球を継承し続けるヤクルトだったからこそ、40歳を超えた現在でも現役でいられるのかもしれない。167cmと小柄であることもあって、投球に力強さはないが、打者が泳がされたり、詰まらされたりするシーンは多い。フルスイングした打者を討ち取るのも野球なら、フルスイングさせずに手玉に取るのも野球。寄る年波には勝てないということなのだろうか、今シーズンも3勝と勝ち星は伸びていないが、是非とも区切りの200勝までは行っていただきたい投手だ。また、指導者として、その投球術を一人でも多くの球威に恵まれない投手たちに伝授していっていただきたいものだ。

 

若手の期待株として挙げた投手の中には、ロッテの佐々木朗希選手も含まれている。彼の育成に関して、江夏氏は、入団年から実戦よりもトレーニングを重視したロッテの方針を賞賛している。すぐに試合に使ってもそこそこの成績は上げられたかもしれないが、高校時代のままの下半身ではすぐに肩を壊すと断言もしている。今シーズンは2勝2敗と、苦闘中だが、三年計画くらいでじっくりと鍛え上げていって欲しいものだ。素材としての魅力は十分すぎるほどにあるのだから。

 

江夏氏は最後に近年の野球のクローザーという存在のあり方をチクリと一刺している。現在は先発投手が6回くらいまで引っ張った後で、1イニングに一人くらいの割合でセットアッパーが登板し、クローザーは原則として9回無走者から登板して3人を討ち取るだけ、という形をとっている球団が大半だ。江夏氏はこのシステムについて「クローザーにセーブをつけさせるためだけの起用法」としてさらっと1行だけだが批判している。ご自身は通算193セーブのうち137回はイニングをまたいでの達成である。つまり試合の終盤のピンチの場面に出ていって、その場の火消しを果たしたのちに、最後まで相手打線を抑えた、というセーブがダントツに多いのだ。

 

例えば日本球界通算252セーブの大魔神佐々木主浩氏は同じケースを79回しか記録していない。DeNA山崎康晃投手などは163セーブのうち、イニングをまたいで記録したことは一度もないのだ。時代の流れだと言ってしまえばそれまでだし、最終回1イニング限定とはいえ、ピシャリと抑えるのは並大抵の業ではないというのも理解はしているのだが、ピンチとなったらすぐさまマウンドに上がり、ピンチを凌いだあとは悠々と無得点で抑える、という姿の方が少なくとも私はカッコいいと思う。

 

まあ、巨人のビエイラみたいに1イニング限定でなら圧倒的なピッチングができるが、イニング数が伸びるごとに不安定になっていく投手というのも存在するので、適材適所という意味で1イニング限定という使い方はありなのかもしれない(苦笑)。