脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

初体験の恩田陸氏、なかなかよかった。読まず嫌いは良くないね 『象と耳鳴り』読後感

 

恩田陸氏という作家の作品の初体験となったのは標題の短編集。

 

「主人公」となるのは関根多佳雄。元検事にして明晰な頭脳を持ち、ちょっとした綻びから謎解きをしてしまう人物として設定されている。

 

もう一つ言うと、この方は恩田氏の『六番目の小夜子』という作品の主人公関根秋(あき)という女性の父親だそうだ。この短編集には多佳雄の他、秋の兄、春(しゅん)と姉の夏(なつ)が登場する。春も夏も多佳雄譲りの明晰な頭脳を持ちながら、それぞれの個性で謎にアプローチする作品も収められている。

 

恩田氏自身による本書のあとがきによれば、恩田氏は「関根三兄妹」が全て登場する作品を書いてみたいという希望をお持ちのようである。関根秋嬢がどのような活躍を見せているのか、『六番目〜』もぜひ読んでみたいと思うが、まずは本書についての読後感を書いておきたい。

収録作品個々のストーリーに関しては、ネタバレ必至になってしまうので省く。ぜひ、一度読んでいただきたいとしか言いようがない。

 

その上で、この作品集全体に漂うのは「奇妙な味」だとだけ述べておく。読んでいるうちに、いつの間にか、現実と幻想のはざまに引き込まれ、しかも「合理的」な謎解きがないまま、どこまでも曖昧なままお話が終わってしまうような作品ばかりだ。唯一、謎解きらしい謎解きとしてしっかり説明されているのは春が登場する『待合室の冒険』だけ。この作品においても、多佳雄は、多佳雄自身では想像のつかないアプローチで一つの事件を「発見」し解決してしまう春の能力に、かすかな不気味さまでを含んだ謎を感じていたりもする。

 

大きな括りでいうと、派手な活劇も凄惨な殺人シーンもない、推理推論だけでお話が進んでいく「安楽椅子探偵モノ」に入るのだろうが、謎解きの結果が人間の心理の不可思議さであったり、ちょっとした超常現象だったりして、より深い謎に引き摺り込まれるような構造になっているのだ。まさに私の好む「奇妙な味」ど真ん中と言って良い作品集だったのである。

これまで、恩田陸氏の作品は買っておいては見たものの、「積ん読」だけしていてなぜか家の書棚からは手に取らなかった。この状態自体が謎だし、多々ある「積ん読」本の中からなぜふとこの一冊を手に取ったのかも謎だ。そう言う意味では読む前から謎に包まれた一冊だった(笑)。いずれにせよ、読まず嫌いを決め込んでいた新しい作家に一人出会えたことだけは事実だ。