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サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

相対した投手の目から見た強打者の凄みとは? 『強打者』読後感

 

引退後に、ちょっとミソをつけてしまったものの、先発、リリーフ両方で大活躍し「優勝請負人」とまで言われた、現役時代の実績はピカイチの江夏豊氏による「強打者」紹介の一冊。江夏氏が実際に対戦した、王、長嶋から、現役バリバリの大谷翔平、岡本和真、佐藤輝明まで。37人の強打者について興味深い考察をまとめた一冊だ。

 

江夏氏に関しては、私よりちょっと上くらいの世代だと、豪速球を武器にON相手に真っ向勝負を挑んでいたイメージが強いと思うのだが、私が野球に本格的に興味を持ち出したのは長嶋茂雄氏が巨人の監督に就任していきなり最下位に沈んだ年からだ。従って野球に関しての「物心」がついた時点で、江夏氏は、関東の片田舎ではほとんどTV放映されない南海ホークスに移籍していたので、阪神時代の一番イキのよかった江夏氏は知らない。

 

江夏氏を大投手として認識したのは、俗に言う「江夏の21球」をTVで目の当たりにしてから。南海から広島に移籍していた江夏氏は、近鉄との日本シリーズで一打逆転の無死満塁のピンチを凌いで、一気にレジェンドまで「昇格」した。のみならず、その後の数シーズンは我が巨人軍の前に何度も立ち塞がって、悔しい思いをさせてくれた。当時は江夏氏の登板の度に解説者も実況のアナウンサーも必ず「昔はわかっていても手が出ない豪速球が武器でした」的なコメントを枕詞として発していたのだが、私には氏が豪速球投手だという認識はどうやっても生まれなかった。持ち球も直球とカーブだけで、後の大魔神佐々木投手のフォークのような「魔球」も持っていない。緻密なコントロールでボールを操る、打てそうで打てない超絶技巧の優勝請負人というのが江夏氏の現役時代のイメージである。

 

全盛期ほどのスピードの出ない直球と、カーブだけで、なぜ抑えの切り札として長い期間素晴らしい実績を上げることができたのか?江夏氏が南海時代に師事し、江夏氏をリリーフ専門職として復活させた故野村克也氏に、「頭を使う野球」を叩き込まれたからである。対戦成績や、得意不得意のコースや球種、アウトカウント、ボールカウント、走者の有無、点差、天候など、全てのデータを勘案し、打者が何を考え、どんな球を狙ってくるかを推察し、その狙いをはずす。この方法を徹底したのだ。もちろんいろんなデータを集めることからして簡単なオハナシではないし、相手の狙いを推察することだって非常に高度な技術だ。狙ったところに寸分違わず放り込むコントロールが身についていたからこそ実行できた方法でもある。

 

こうして頭を使うことで生き残ってきた江夏氏が、実際にどのように相手の打者を抑えたのか、あるいは、現役のプレーヤーについてどう感じているのか、興味が湧いた方はぜひ本文にあたっていただきたい。

 

MLBや現在のパリーグのように、力対力の勝負も一つの野球の魅力だが、一方で、大した球威がなくても、相手の狙いを見事に外して討ち取る勝負にもそれに劣らぬ妙味がある。もはや若くなく、パワー勝負ではどう足掻いても若い奴には勝てないと自覚しているおじさんの僻み根性が感じさせる妙味かもしれないが(笑)。ただし、この妙味に関しては、特にセリーグの各球団は本腰を入れて研究すべき課題ではないかと思う。相手がパワーで来るなら、それをうまくかわす術を身につけるのも立派な戦術だ。V9時代の巨人は、他球団に先駆けて、考える野球を取り入れたからこそ強かったのだという側面もある。小手先で逃げるのではなく、相手の力をきちんと見切った上で、狙いを外すような技術を身につけることが急務だろう。

 

江夏氏は、自身の現役時代の晩年に台頭してきた落合博満氏と勝負に関する印象的なエピソードを紹介している。ある日、落合氏と食事をともにした江夏氏は落合氏に「お前みたいに1球1球狙い球を変えているうちは絶対に俺の球は打てない。打つ球をしっかり決めて待たれる方が投手は怖いんだ」と語ったという。この会食ののち、一打サヨナラという場面で落合氏を打席に迎えた江夏氏は、落合氏の狙いが直球であることを見抜いて、3球ともカーブを放って三振に仕留めた。ただし、この三振の後の対戦では落合氏に痛打を浴びることが多くなったそうだ。打者は打つ球を決めて狙ってくる、そして投手はその狙いを常に読んで、狙いを外すべく投球する。まさにこの1対1の駆け引きこそが、特にプロ野球の世界の醍醐味ではないかと思う。観る方にも、高度な知識が要求される観方ではあるけどね。私のようなコンテキスト読みの蘊蓄語りたがりには、しっくり来る観戦方法だ。全然知識が追いついてないけど(苦笑)。

最後に、江夏氏が考えるベスト9(投手抜き、指名打者採用)が挙げられていたのだが、このメンバー、私が考えていたメンバーとピタリ一致した。二塁手に落合氏を起用するところまで含めて一致していたので、偶然とはいえ、実に嬉しいオハナシだった。打順にまでは言及していなかったが、江夏氏が指揮官で、リストアップされたプレーヤーで打線を組むとしたらどんな打順になるのかも、ぜひどこかで発表していただきたいものだ。