脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

引き際ってのは難しい 『現役引退』読後感

 

アスリートの引き際は難しい。

 

つい最近、オリンピックのボクシングで女子初の金メダルに輝いた入江聖奈選手が、即引退を発表して話題になったが、余力を残したまま、惜しまれつつ身を引くのがいいのか?

 

あるいは、三浦知良氏(この方私の同じ歳)のように、自分で辞めたいと思うまではとことん現役にこだわるのか?

 

前者を選べば、少なからぬ世の人々から「あなたがいれば…」的な恨み節を浴びることになるし、後者を選べば、日々衰えていく自分の肉体と戦いながら、同時に敵とも戦うという苦役を負うことになる。どっちにしても厳しい道である。どちらを選ぶかはまさしく個人の価値判断に委ねられるし、余人の介入できる問題ではない。

 

標題の書は、「プロ野球死亡遊戯」の著者として名高い中溝康隆氏が、プロ野球選手の引退の年のトピックスを収集して編んだ一冊。各々の選手の選択とその選択に至るまでの過程を軽妙な筆致で綴っている。

 

私がプロ野球選手の引き際として一番印象に残っているのは、現在ソフトバンクホークスの会長にして通算本塁打数の世界記録保持者王貞治氏である。

 

王氏の引退シーズンの成績は30本塁打、84打点、打率2割3分6厘。打率こそやや低めだが、主軸を打つ打者としては堂々の合格点だと思う。実際に40歳という「高齢」にもかかわらず、本塁打と打点はチーム内トップだったと記憶している。ただ私はこのシーズンの巨人戦中継を見ていて、「もしかして王選手の引退が近いのでは?」と感じたシーンがあった。

 

王選手といえば、一歩足打法で右方向に強烈な打球を飛ばすことが最大の魅力であり敵チームにとっての脅威であった。それゆえ、一塁側に守備側の選手を集中させる、いわゆる「王シフト」を敷くことが他チームにとっての「常識」だった。そしてそのシフトをぶち破り、あるいはあざ笑うようにその頭上高くに打球を飛ばして、高い成績を残し続けたのが王選手だったのだが、ある試合で、そのシフトの逆をつく形となる流し打ちでのヒットを放ったのだ。チームとしての成績がなかなか上がらない中で、確実に打点を稼ぐ、あるいは出塁してチャンスにつなげる、という姿勢は、チームの勝利の追及という目的においては「正しい」のだが、ああいう場面で流し打ちをする王選手はどう考えても「正し」くなかった。しかも、こうした流し打ちはその試合だけでなく、このシーズン度々見られたのだ。終盤戦は王シフトを敷かない敵チームすらあったほどだ。

 

結局、このシーズンの終了後、当時の長嶋監督の解任とともに王選手も引退を表明するのだが、引退会見では「王貞治としてのバッティングができなくなった」ことが引退の理由と語っていた。

 

引退報道を聞いた私がまず思ったのは翌シーズンの四番打者は誰になるのだろうか?という疑問。衰えていたとはいえ、主軸の打者が一人丸々消えてしまうのは巨人というチームにとっては大いなる痛手だ。ただし、この疑問は引退発表から程なくして消えた。この年のドラフトで原辰徳選手の交渉権を獲得したからだ。原選手は期待に違わず、翌シーズン新人王を獲得する活躍を見せた。

 

次に感じたのは「王貞治としてのバッティング」ができないまでに衰えたと自覚している王氏の現役選手としての姿を見るのは忍びないということ。流し打ちまでする王選手の姿を見たくないと思っていた私は、引退やむなしという気持ちを強く持つようになった。王シフトを敷かれようがどうしようが、それを上回るのが王貞治であり、他人がどう思おうと、自分の考える「王貞治としてのバッティング」ができなくなった以上、身を引くという姿勢は潔かった。

 

引退発表後に、「四番打者ではなく、下位の打順で重圧から解放されれば、まだまだ現役を続けることは可能ではないか」とする論調の新聞記事なども散見した覚えがあるが、巨人の四番打者として期待通りの活躍を見せてこその王貞治であり、自身で納得の行かない現役生活を無理やり延命させるのは王氏に対しての冒涜ではないか、と憤ったりもした。こんな高潔な時期もあったんだな、私にも(笑)。

 

プロにせよアマチュアにせよ、身を引くのは自分自身で納得が行った時。王氏の早実の先輩に当たる榎本喜八氏などは、死の直前まで「打撃の真髄を極めるため」として近所のバッティングセンターに毎日通っていたそうだ。私事で恐縮だが、私も少なくとも試合に備えるためのトレーニングを苦痛と感じないうちはおじさんチームラグビーに参加しようと思っている。

 

さて、中溝氏の文章は軽妙で実に読みやすかった。Aという選手の章の最後にB選手を登場させ、A選手とB選手との関わりをひとくさり述べておいてから、B選手の章に突入するという方法も、いい隠し味になっていた。まあ、この方法は水滸伝以来の「伝統的手法」ではあるし、かなり無理やりな関連づけによる展開もあったが(笑)。