脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

最初に生じた違和感が最後まで消えなかった西部劇の「古典」 『抜き撃ち二挺拳銃』鑑賞記

 

 

久々のUSB-HDD録り溜め腐りかけ映画鑑賞は、ドン・シーゲル監督による標題の一作。ど真ん中の西部劇だ。

 

西部劇というからには、舞台はゴールドラッシュに沸く開拓時代のアメリカ。砂金の採掘場には何百人もいる豪勢なものもあれば、一人とか二人の、いわば家族経営でチマチマと地道にやっているものもあった。そういう家族経営の採掘場を専門に狙い、無理やり採掘権を奪った後には、その採掘場のオーナーを銃殺してまわる強盗団がいた。

 

その強盗団に狙われたのが、リュークとその父親の採掘場。リュークが採掘場で採れた砂金を換金するため馬で街に出かけた隙に父親に採掘権移譲の契約書に強引にサインさせ、そして最後は定番パターンで銃殺。銃声を聞いたリュークは途中で引き返すが、帰り道の途中には強盗団の二人が待ち伏せをしていた。

 

リュークはこの二人を倒し、採掘場に駆け戻るのだが、10人はいたと思われるこの強盗一味は、なんとリュークを襲わずに逃げてしまうのだ。リュークは後に「シルバーキッド」の二つ名で呼ばれるほどの早撃ちの名手というキャラを付与されるのだが、冒頭部分では、強盗団にも、もちろん観客にもそのキャラの説明はなし。採掘権を奪取した後は足がつかないようオーナーを全員殺すという血も涙もないやりくちを常としていた強盗団にしては、随分と気弱な対応だ。しかも人数的には圧倒的に上回っている。どう考えても、ここは待ち構えておいて、数を恃んで撃ち殺す方が自然だ。まあ、メインキャストの一人が出て早々殺されてしまっては、その後のストーリーの展開の仕様がないという事情は重々承知ではあるが。

 

とにかく、この違和感が最後までついて回った。題名に「二挺拳銃」とあるからには、リュークが両手の銃で悪人どもをバッタバッタと撃ち倒すんだろうと思っていたら、そんなシーンも一切なし。そもそも「シルバーキッド」の名に相応しい早撃ちテクニックの描写もない。観客に「このキャラは圧倒的に強い」と思わせる仕掛けが何もないとちょっと苦しい。

 

で、ストーリーの方は、強盗団の跋扈に業をにやした保安官タイロンが民警団を組織して、強盗団を討伐しようと目論む。しかし肝心のタイロンはこれも早い段階で右手を負傷し、引き金が弾けない状態となってしまう。おまけに歳は食っていたが早撃ちで名を馳せた旧友ダンを片腕にしようと思っていたら、そのダンは強盗団に暗殺されてしまうのだ。

 

そこに現れたのが、いつの間にか「シルバーキッド」に祭り上げられていたリューク。すんなりとタイロンの弟子となったリューク恋愛模様も絡めながらストーリーは進んでゆく。

 

なるほど、タイロンとリュークの二人で二挺拳銃か、と思えなくもないが、リュークの方は最後まで見せ場らしい見せ場がないのだ。で、結局は冒頭部分の違和感に戻ってしまう。リュークが少しも強そうじゃねーじゃねーかよ!!というツッコミを入れざるを得ないのだ。最後の最後、タイロンに取って付けたような、華の持たせ方をするのなら、リュークをもうちょっと強く描いた方がまだすんなり納得できたし、例えばリュークの早撃ち修練みたいなものを描けば物語に深みが出たような気もするんだが、これはスポ根中毒者の恨み言にしか過ぎないだろうか?