実に久々に読んだ、阿刀田高氏の短編集。
落語で言うところの人情噺的な作品であったり、東西の古典に関しての解説本であったり、エッセイ集であったりと、さまざまな作品集を上梓している阿刀田氏ではあるが、私の認識では短編、それも「奇妙な味」のする短編の名手だ。デビュー作でもあり、直木賞を受賞した『ナポレオン狂』を読んで、氏の魅力に取り憑かれた私は、大学時代から出ると買いしてしばらく積ん読しておいて、実際に読んで、またしばらく積ん読というパターンを繰り返してきていたのだが、ここ十数年はちょいと長くご無沙汰していた。
文章のそこかしこに伏線が張られているので、あらすじは紹介しにくいし、秀逸なオチに関しての感想など述べようものなら、一気にこれから読もうとする読者の興を削ぐ事になるので、普通の小説の読後感を書くよりもかなり気を使わなければいけない。
読めば楽しめることはわかっているのだが、読んだ後に感想を書かなければ読了したことにしないという自分で定めたルールゆえに、ついつい本棚から手に取るのをためらっていたのだ。
そんなためらいを、一時的に押し流したのが、実家の整理。本棚をひっくり返したら、大学時代の傾倒ぶりを示すように、まあ、とにかくたくさんの阿刀田氏の著作が出てきた。そうした本たちは売ったりせずに、現住所の書斎の本棚、または納戸に仕舞い込んだのだが、書斎の本棚を整理していて目についたのが標題の書。
手にとって一気読みした。
12編の短編が収められたこの一冊は阿刀田氏にとっての原点回帰とでもいうべき、奇妙な作品を集めたものだった。現実と、非現実の間で起こる不可思議な出来事と、それに振り回される人間たち。題名にもした通り、これぞ阿刀田ワールド、という作品がずらりと並べられていた。
内容もあらすじも紹介できるものはない。一文一文に伏線が張り巡らされているからだ。読み手としてはスラスラ読めてしまうが後からじわじわと恐怖なり、不思議さなりが湧き上がってくる、阿刀田氏ならではの味わい深い短編たち。解説で新津きよみ氏も述べているが、スラスラ読めてしまうからといって、作家はスラスラ書いたわけではない、ということがよくわかる。ストーリーをしっかり作り込んだ上で、最後の最後まで本当の味わいをわからなくするという技巧は阿刀田氏ならではのもの。一品一品に非常に手間がかかっていてそれぞれの料理も素晴らしいが、全品を味わった後にはより一層の満足感が得られる、一流のシェフの料理を味わった時のような感動を覚えること間違いなしだ。
阿刀田ファンのみならず、阿刀田作品を読んだことのない方にこそぜひ読んでいただきたい。