脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

謎解きの結果ではなく過程を味わうべき記者ど根性物語 『ある行旅死亡人の物語』読後感

 

行旅死亡人とは、身元がハッキリしなかったり、身寄りがなく遺体の引き取り手がなかったりする死人のこと。字面からは、あてもなく彷徨った末に、見知らぬ土地で行き倒れて死んでしまった、なんて人がイメージされるが、遺体の引き取り手がない、という条件に関しては、きちんと家があっても相当する。一人暮らしで身寄りもない老人が、自宅で孤独死していた、なんて場合も行旅死亡人に当たるのだそうだ。

 

著者の一人武田氏は、共同通信の記者で、標題の書の元になった記事を書いた当時は遊軍記者、すなわち、自分でネタを拾って記事にするという役割を担っていたそうだ。ネタ探しの日々の徒然に、連日チェックしていたのが行旅死亡人のリストだったそうで、死亡時の所持金ランキングという、ちょいとこんな個人情報晒していいのかい?という思いもよぎるランキングを見ていて、「主人公」の老女の情報にぶち当たったとのこと。

 

何しろこの老女、死亡時に居住していた部屋の中に3,400万あまりもの現金があったそうなのだ。田舎の有料老人ホームなら15年は入居できるお金である。おまけにこの方の右手の指は全部欠損していたそうだ。確かに文字の情報をちょいと読んだだけでも興味を惹かれる人物像ではある。

 

おまけに調べていくうちに、持ち物の中には北朝鮮の軍のものらしきバッジがあったり、居住していたアパートの部屋の賃貸名義人はすでに亡くなって何年も経った人物だったりと、胡散臭い情報がどんどん出てくる。そこで武田氏は同僚の伊藤氏を誘って本格的な調査・取材に乗り出すのだ。

 

とはいえ、この行旅死亡人にニュースバリューがあるのか否か、まだ不明の段階では社の経費を使って取材させるわけにはいかない、という身も蓋もない、かつ現実問題としてかなりの高い壁にぶち当たる。でもこの二人の記者は自腹を切って、しかも日常の業務の合間を縫って取材を続けるのだ。まさに記者としてのど根性を見せつけられるのだ。私も今後もし取材して記事を書くような身分になったら是非とも見習いたい心意気だ。

 

で、その執念で老女の名前が田中千津子で、その旧姓は広島が出自の沖宗という珍しい名字であることを突き止め、広島に何度も通って、次第次第に田中千津子氏の実像にアプローチしていくのだ。果たして彼女は一体何者なのか?北朝鮮とは本当に関係があるのか?これ以上は是非とも本文をお読みいただきたい。

 

ただし、この書の主題は、謎の人物の正体ではなく、その正体に迫るまでに、記者がどんな活動をし、どんな労苦に苛まれているのかを知るところにある。結果ではなくあくまでも過程を味わうものだということをお含みおきいただきたいと思う。


人間の行動力の根源となるのは好奇心ではあるが、好奇心だけで、ここまで汗をかくことができるのかという重い問いを突きつけられた一冊であった。