脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

日本のプロ野球にとっての「維新」の時だった平成 『平成プロ野球史:名勝負、事件、分岐点-記憶と記録でつづる30年-』読後感

 

 

私にとっての平成プロ野球は日本シリーズでのジャイアンツの3連敗4連勝で始まった。第3戦で勝ち投手となった近鉄バファローズの加藤哲郎投手の「巨人打線はロッテより怖くない」発言に奮起したジャイアンツが、その怒りを叩きつけて怒涛の4連勝で逆転優勝した日本シリーズだった。加藤哲郎氏はいまだに「あの発言」で繰り返し取り上げられ、本人の意図とは関係なく球史に残るプレーヤーとなってしまった。

 

さて、このシーズンオフのドラフト会議で史上最高の8球団の指名が競合し、抽選の結果近鉄バファローズに入団したのが野茂英雄氏。彼のトルネード投法は文字通り日本プロ野球界に旋風を巻き起こしたが、それ以上に現在のプロ野球界に影響を与えたのがMLB入りの突破口となったこと。当時のルールには任意引退選手のMLB入りを禁止する条項がなく、ある意味、うまくその隙をついた形での移籍ではあったが、ここで開かれた小さな流れは、やがて大きな奔流となって、日本プロ野球界を揺るがし続けた。野茂氏自身の大活躍もさることながら、後にイチロー、大魔神佐々木、ゴジラ松井など各球団の主力クラスが次々とMLBに挑戦し、輝かしい実績を上げたことで、日本で実績を上げて、MLBに挑戦するというのが一つの「制度」として定着してしまった。そしてついには大谷翔平という不世出のプレーヤーまで生み出した。野茂氏が細々とMLBへの道を模索し始めた頃には、日本人プレーヤーがMLBでホームラン王に輝く日が来るなどということは想像もつかなかったが、事実は我々の想像を遥かに超えてしまった。

 

その他の最大のトピックスは2004年の10球団制への移行騒ぎだろう。結果的には12球団制は維持されたが、この騒動を機に各球団が「企業の広報部門」という立場に甘えることなく独立での採算を目指すことに本腰を入れ始めた。騒動から20年余りを経た現在、その努力は実を結び、各球団は本拠地のファンを数多く獲得し、入場料収入を随分と稼ぐようになった。球界全体に蔓延っていた「寄らば巨人の陰」という思想は見事にナリをひそめ、各球団がファン獲得のために知恵を絞るようになった。

 

日本球界からスター選手が次々とMLBに去ってしまうことには複雑な思いを抱かざるを得ないが、そんな状況の中でもファンの繋ぎとめ、拡大に努力している各球団の姿を見るにつけ、「日本球界も健全な競争をするようになった」との感を強くしている。我がジャイアンツも岡本のMLB移籍という大きなショックを乗り越え、小粒ながらもイキのいい新戦力たちが台頭してきている。村上が抜けたスワローズなどは「暗黒時代」への突入か、という予想を覆してスタートダッシュに成功し、現時点では2位につけている。「窮すれば通ず」ではないが、一握りのスター選手におんぶにだっこという状態を脱却していこうという強い思いを選手からも経営陣からも感じられるのだ。

 

MLBこそが野球最高のステージである、という事実を突きつけられた現在、日本プロ野球界はMLBとは一味違った魅力を追求せざるを得なくなった。そして今のところ各球団の経営努力はなんとかファンの繋ぎとめに成功している。平成という維新の時を経て、今後の日本のプロ野球界がどう変化していくのか?プロスポーツという枠組みを超え、日本文化の一部であると言って良い日本プロ野球が今後どんな変遷を辿るのか?興味は尽きない。