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サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

日本の「家族」に色濃く残る「家父長制」がもたらした闇 『近親性交〜語られざる家族の闇〜』読後感

 

ネットの抜粋記事を読んで、興味を惹かれ、衝動DLして一気に読んでしまった一冊。著者阿部恭子氏は、加害者家族や高学歴難民など、社会の「スキマ」で、困難な事態に直面しているマイノリティーの救済のために奔走している人物。
氏の著作については以前に一冊、この駄ブログでも紹介したことがある。

 

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標題の書で取り上げられているのは、文字通り家族間で性行為に及んでしまった家族たち。その異常性ゆえに、世間からの白い目を恐れてなかなか表面化しないものの、確実に存在し、当事者たちは心に深い傷を負って、救済を求めている。息子の婚約者に脅迫状を送りつけた母親、妹を妊娠させてしまった兄、息子を性欲の犠牲にした父親…。いやはや。エロ動画界隈では近親相姦モノというのは底堅い需要があるようで、広い世の中、さまざまな性的嗜好を持った人々がいるのだということは理解してはいたものの、実情はまさに「事実は小説より奇なり」。実際のケースについては是非とも本文をお読みいただきたい。とにかく驚かされる事実の数々が記されている。

 

こうした、歪んだ関係はなぜ起こるのか?阿部氏は、家父長制を引きずったままの日本の家族の「形」に問題があると分析している。例えば西洋諸国の家族においては兄弟姉妹の各メンバーは各々のファーストネームで呼び合うことからもわかるとおり、「個人」として存在している。対して日本の場合は基本的に父親がヒエラルキーの最上位にいて、そこから母親、長男、長女、次男、次女というようにメンバー間の序列ができてしまう。そして上位者は下位者に対して支配的な権限を自然と持ってしまう。そして家族外の社会からストレスを受けた上位者が、その憂さを晴らすために下位者を虐待する。そこに性的な要素が加わると近親性交が起こるというわけだ。

 

卑近な例で恐縮だが、私の母などは「子を思う母の愛」という美名を隠れ蓑に今に至るまで私を「支配」し、自分が上位者であるという認識を捨てようとしない。母自身は自分自身のこうした「権勢欲」みたいなものを自覚すらしていないだろう。私が生まれて以降、ずっと持ち続けた性癖ゆえにもう自身のアイデンティティーの一部と化しているだろうからだ。幸いなことにこの支配的な関係性は性的な方面に向かうことはなかったが、一歩間違えていたらと思うと背筋に寒さを感じざるを得ない。

 

阿部氏は、結婚という法的な括りに合うか合わないかは別にして、家族間の性交というものを否定はしておらず、新しい性の形としてあっても良いと考えている。ただし、今までの事例は、全て上位者が下位者の人格を搾取するもので、決して新しい性の形などではないとも断じている。社会的には徐々に家父長制は崩壊の方向に向かっているとは思うが、長年染みついた制度だけにそう簡単になくなるとも思えない。上位者による下位者への虐待がなくなることを願うのみだ。