世界的なコロナウイルス流行がようやく収まりつつあった2022年2月に突如として起こったのが、ロシアによるウクライナ侵攻。
私も含めたロシア・ウクライナの国情にさほど詳しくない「普通の日本人」にとっては、まさしく突如勃発した理不尽な侵攻ではあったが、実はこの侵攻、ロシアにとっては国民に深く根ざした「信仰」に基づいた長年の念願であり、期が熟したと見ての満を持しての侵攻であったことが語られている。
彼の国の国民的な「信仰」とは何か?ロシアは世界を征服し切るまで拡大を続けるべきだという考え方だ。1991年のソ連解体で失った地域は元々ロシアの領土であったのだから取り返すのは当たり前。で、首尾よく「旧領」を回復したらその勢いを駆って、ソ連時代の同胞国であった東欧各国にも攻め込み、ゆくゆくは現在自由主義陣営となっている国々も傘下に収めようというのがロシア首脳部そして国民の壮大かつ無謀な構想なのだ。
そういう物騒な思想を実現できると考えて実行に移してしまったのが、さまざまな手練手管で権力を一極集中させてしまったプーチンという人物。なんでこんな半ば狂ったような人物に権力持してしまったのか、実に不可解ではあるのだが、この事態には、ロシア国民の心情のみならず、ソ連解体時にこの国を徹底的に弱体化させることができなかった自由主義陣営の弱腰も一枚噛んでいると著者であるウクライナ人のグレンコ・アンドリー氏は述べている。ソ連崩壊時に国連の常任理事国から外すなどの処置をとり、貿易などで経済的にプレッシャーをかけて国力を弱めておけば、「世界制覇」などという望みなど持つことができない弱小国に追い詰めることができたはずだ、というアンドリー氏の主張は強力だし、一理あるように私は感じた。ウクライナ人であるアンドリー氏が母国を侵して来ているロシアを「絶対的な悪」であるとみなしていることについてやや割り引いて考えるとしても、その主張には大いに賛同できるし、ロシア、ウクライナ両国の国情や情勢の分析は正確であるように思う。
自由主義陣営はロシアの横暴をこのままにしておいて良いはずはない。双方に多数の死傷者が出るという惨事をまず止めなければいけないというのが第一義。武力で自我を押し通すような「前例」を作ってしまうと、ロシアのみならず、中国や北朝鮮といった独裁国家が同じように自己主張をし始め、世界秩序の崩壊につながる危険性があるという指摘は鋭い。しかしながら、刃止めとなるはずの自由主義陣営の最大強国アメリカは、親露勢力を支持基盤の一部に持ち、「世界の警察」たる役割の放棄を掲げたトンデモ大統領トランプがまさかの再登板を果たし、最初から及び腰。NATO諸国も右へ倣え。結果として、終わりの見えない戦いが今日も続いている。
我が日本にとっても、ウクライナは「対岸」ではない。「刃物を持った狂人」ロシアの矛先がいつ北海道に向かってくるかわかったものではないからだ。そちらに対応している隙に、北朝鮮やら中国やらが侵攻をかけてくる可能性も否定し得ない。一気に今の世界秩序が崩壊する現場となってしまう可能性があるのだ。こういう可能性を踏まえ、日本は自由主義陣営の首脳に強く働きかけてロシアのウクライナ侵攻を早期に止めることが必要となってくるのだが、遠くのウクライナより目の前のコメと参院選という風潮は残念ながら変えようがない。参院選の結果で現政権が揺らぐようなことがあれば、ますます外交に割くエネルギーは減っていくことになる。いやはや。世界における日本の存在感は弱くなる一方だ。そんな悲観的なことまで思い起こさせてくれるという副産物まであった、実に勉強になる一冊だったと思う。