脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

「前作」の世界観を理解していないと深く読み込めない作品 『蜘蛛の巣の罠』読後感

 

 

 

Kindleの日替わりセール対象になっていたので衝動DLした一作。著者ラーシュ・ケプレルはスウェーデンのミステリー作家らしい。この作者はもちろん、北欧圏の作家の作品を読むのは初めてのこと。どんな文体、ストーリー展開が楽しめるのかと、それなりに期待して読み始めた。

 

ストーリーは警察とシリアルキラーとの戦いを描いたもの。連続殺人の対象となるのは警察関係者。最初の数件の殺人事件は突発的に起こったものとみなされていたが、そのうちに警察関係者に、次の殺害を予告する錫製のフィギュアが届くようになる。フィギュアそのもので殺す人物を指定し、包装に使われている雑誌や新聞に殺害場所や日時のヒントが隠されているという凝った作りになっている。ミステリーのストーリー紹介でネタバレさせてしまうことほど無粋なものはないので、これ以上のストーリー紹介は不可能。

 

というわけで作品の「味わい」について少々私見を述べたい。

 

殺害の対象となるのは、スウェーデン犯罪史上最悪のシリアルキラーとされるユレック・ヴァルテルの捜査に携わった人物たちばかり。このユレック・ヴァルテルはすでに今作の二つ前の作品『墓から甦った男』で死亡しているそうなのだが、今作の殺人のターゲットとなる人物たち、そして今作の連続殺人鬼との関わりを考えると「影の主役」と呼んで良い存在だ。今作の犯人が、なぜ連続殺人などという凶悪犯罪に手を染めたのかについての背景説明はストーリーの展開とともに徐々に明かされていくという仕組みにはなっており、今作単体でもキチンと完結はしている。しかし、題名にも書いた通り、このユレック・ヴァルテルがどのような人物であり、どのように犯罪を行ったかを理解していないと、犯人の動機も、殺人の対象となる警察関係者たちの恐怖も、犯人が示すヒントも、全て薄紙一枚を隔てたようなぼんやりとした理解にとどまってしまう。作者がユレック・ヴァルテルを知っている読者に対し「自明のこと」としている事柄を、「初見」の読者は今作の文脈の中から読み取らねばならず、しかもその理解が正しいかどうかを検証する方法は前作を読んでみるしかない。このもどかしさは今作の持つサスペンス感を半減させてしまうように私は感じた。前作は、すぐに読んでしまえるほどのヴォリュームでもなさそうだし。前作を読んでみたくさせる優れたマーケティング戦略ではあるけれど(笑)。

 

ストーリーとは別に、北欧の国の作家は彼の地の気候風土をどのように描くのかにも興味があった。北欧といえば、特に冬場の日照時間が短く、それゆえ鬱を患う人が多いとされている。同じように陰鬱な冬場を味わわされ、現在鬱に罹患している私としては、ミステリーという形式の中で、その陰鬱さがどのように表現されているかにちょっとだけ注目して読んでみたのだが、少なくともこの作品に関しては、舞台がロンドンであってもパリであっても、アメリカの田舎町であっても、通用するな、とは思った。犯人の持つ病理性にどれだけ影響を与えているのかを推察するには、やはりこの一作だけでは情報不足。ユレック・ヴァルテル登場作のみならず、他の北欧出身作家の作品を数多く読んでみないといけないなと思った。

 

というわけで、また読んでみたい本リストに載ってしまう本が増えた。さらにいえば大まかな括りとしての「北欧の作品」に関しての興味も掻き立てられた。私の視野及び、出版業界の市場を広げるという意味においてはAmazonの日替わりセールは大いに貢献したと言って良い。