脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

支離鬱々日記Vol.153(お題とGW前半戦)

今週のお題「好きな街」

 

世は大型連休真っ盛り。2年ぶりに何の規制もない状態で迎えた今年は、海外で過ごす人も多そうだし、国内各所の人出もそれなりにありそうだ。当家も昨日は久しぶりに軽井沢のアウトレットに行ったが、駐車場に入るのに少々時間を要するくらいには混んでいた。昨年の秋に行った時はすんなり入れて、しかもかなりの好位置に駐めることができたのだが、今回は店舗からはかなり離れた場所にしか駐車できなかった。まあ、運動不足の解消にはちょうどよかったが。

 

関東地方は天候が不順だし、東北地方には季節外れの雪が降ったりで、決して外出に適した日和ばかりではなさそうだが、そろそろ羽を伸ばしたい人も少なくないだろうし、迎える店や観光地の方も、経済的に苦しかっただろうから、人の動きが活発になるのは良いことなんだろう。ただしまだまだ用心は必要だ。私の職場でもつい最近コロナ感染者が発生した。重症者こそ減ってはいるが、感染リスクは相変わらず高いし、軽症で済んだ人は却って後遺症の方が重篤だったりするらしい。いずれにせよ、外出時にはマスク着用、帰宅後はうがい手洗いを励行するという習慣だけは続けていかないといけない。

 

本当なら当家も明日と6日を休みにして、ぶっこ抜きの10連休を取りたかったのだが、残念ながら会社の業務の都合で両日とも勤務。しかも明日はお江戸に出勤しなければいけないということで、すでに日曜夕刻の憂鬱さが到来。まあ、明日行けばまた三連休だし、今回は帰りに少し寄り道もして来ようと考えているので、いつもの憂鬱さに比べれば数段軽くはあるが。

 

その他、この連休中には再開したライティングの方の仕事の締め切りなどもあるので、全くの休みというわけでもない。まあ、好きで始めたライティングの方は全然苦にならないし、むしろ久々に「プロ」としてモノを描くことに関してはワクワクしている状態だ。多少なりとも収入につながることでもあるし(笑)。

 

さて、お題に移ろう。

 

何度か書いている通り、私は郷里の街に引っ越してきており、現住所が終の住処となる予定である。現在の土地は別に住みたいと考えていた土地ではなく、いろんな巡り合わせで、家を建ててしまった土地だ。ただいまこの土地及び近隣の自治体の愛すべき部分を探すためにいろんなところをウォッチしている状態だ。まあ、別に『ポツンと一軒家』に登場するような孤立した場所でもないので、歩いて行くには少々遠いが、近所にはコンビニもスーパーもショッピングセンターもある。役所や銀行、各種の医者も同じような状態。ターミナルステーションにも近いし、特に不便さは感じない。ちょっと手に入れにくいものは通販で買えばいいし、空気はうまいし、郷里の美しい山々を眺める空間の余裕もあるしで、週に一度お江戸行きも本当は遠慮したいところだ。

とはいえ、今までに住んだ街の中で一番魅力的だったのは東京の街だ。浪人時代に住んだ下北沢である。

 

今やカレーの激戦区であったり、古着屋が多く、古着好きの若者たちの聖地化したりと色々な顔を持つ街だが、30年前も素敵にとんがっていた街だった。駅を中心とした繁華街はもちろんのこと、ちょっと離れた住宅地にも普通の家並みの中にいきなりブティックやら、カフェやらが紛れ込んでいて油断ができない街だった。お洒落なレストランから小汚い居酒屋やショットバーまで雑多な店が狭くて曲がりくねった道にずらりと並んでいたりもした。本多劇場スズナリなど劇場が多々あったせいもあってか、有名無名問わず、芸能人もよく見かけた。柄本明氏が、息子の佑氏を乗せた乳母車を推している姿を見かけたこともある。

 

もし東京の大学に通うことになったら、この街に住み続けたいな、と思わせてくれた街だった。残念ながら東京の大学には合格せずに都落ち。もっとも、当時の実家の経済状態を考えたら、仮に東京の大学に受かっていても学生の身でこんな家賃の高い場所には住まわせてはもらえなかっただろう。下北沢は街自体に魅力もあるが、小田急線と京王井の頭線が乗り入れる交通の要所で、新宿や渋谷にも近いため、家賃もかなり素晴らしい水準だったのである。予備校には予備校の寮から通っていたので、家賃を意識する必要がなく、大学に受かりさえすれば勝手に住み続けられると甘く考えていたが、当時出始めた賃貸物件の雑誌などを見て、月8万程度の家賃でも、ほぼ物件なしという状態だったので非常に驚いた記憶がある。

 

もしあの時、東京の大学に受かっていて下北沢に住み続けていたとしたら、私は一体どんな人生を送ったのだろうかと考えてしまうことがたまにある。都市部の大学でラグビーをやったとは考えにくく、文化系のサークルにでも入るか、劇場が近いことに感化されて小劇団にでも入るかして、スポーツとは縁遠い生活を送ることになった可能性が高く、そうなるとタダのデブとして今頃は今以上に不健康な身体となっていたであろうという予想が成り立つ。もしかしたら今頃は生活習慣病重篤化してもっと深刻な病気に罹っていたことだろう。

 

そういう意味では田舎の大学に通うことになったことは幸運なことだったのかもしれない。今の私がもし下北沢に住む可能性があるとしたら、ライティングの方の仕事で一本立ちして下北沢に住んでも負担にならない収入を得た場合のみだ。今の所、実現性は限りなく0に近い(苦笑)。