そそっかしくて、喧嘩っ早いが、義理人情に厚く、心酔する「親分」大久保彦左衛門のためには命を賭してまでも忠節を尽くす。困った人を見ると放っては置けなくて、その人を助けるために奔走する。周りの人間には「兄貴」と慕われ、「親分」からも可愛がられる…。
まあ、日本人が好むヒーロー像の全てを兼ね備えた存在が、一心太助とされる人物のキャラクターである。この一心太助なる人物は、架空の人物であるとされるが、大久保彦左衛門の墓のすぐ近くには「一心太助石塔」が建立されており、彦左衛門の草履取りとして実在した人物だったという説もある。実在したか否かは別にして、「天下のご意見番」大久保彦左衛門の近くを跋扈し、人情味あふれるエピソードを繰り広げるというキャラクターは後の世の講談や演劇によって作り上げられたものであろう。
正義を貫く存在でありながら上層部からは疎まれ、これ以上の出世は見込めない「上司」に忠節を尽くす、という言わば報われない中間管理職的な地位にありながら、「ガキ大将」の気持ちを捨てず、時には上司連中に楯突いても、自分の信じる「正義」を通すという姿に、自身の不満を重ね合わせ、ドラマの上とはいえ、「正義が勝つ」という姿を見せてもらったことで快哉を叫んだ方は多かったのだろう。中村錦之助が太助と将軍家光の二役を演じるこのシリーズは六作まで作られており、本作はその二作目。
また、若き日の中村錦之助が、いなせな兄貴をイキイキと演じている。歌舞伎で鍛えた台詞回しと、クドすぎない見栄の切り方が実に画面映えする。まさにハマり役。周りを固める脇役たちも、ヒロインは昔の少女漫画であれば登場しただけで背景に薔薇の花が浮かんでくるような可憐さ、悪役はあくまでも憎々しく、情けない奴はどこまで行っても間抜けだ。で、太助を兄貴と慕う連中は一本気ながら不器用な生き方しかできない連中ばかり。いやでも太助がカッコよく見えてしまうわけだ。
さて、物語は魚河岸を歩いていた太助が、一人の男と衝突してしまう場面から始まる。持ち前のよく回る舌で、派手に「ぼやぼやしてると踏み殺すぞ」と毒づいたまでは良かったが、衝突した男が「では本当に踏み殺してください」と泣き始めたから、さあ大変。「なんでえなんでえ、何か訳があるんなら話してみな」ってことで太助兄貴のお節介が始まる。
幸吉と名乗ったその男は、将来を約束した女がいたが、その女の奥女中としての年季が明けようとしたその時に、主人である侍がその奥女中を側女にしようとしたとのこと「そんな非道なことをする奴ぁ、誰でい?」「大久保彦左衛門…」「なぁにー??」ってわけで、太助は幸吉を引っ張って彦左衛門の屋敷に怒鳴り込むが、これは太助の早合点。「大久保彦左衛門…」の「…」の後には「の屋敷の隣に住む川勝丹波守」という台詞が隠れていたのだが、大久保彦左衛門の名前が出た瞬間に太助の頭の中から何もかもが吹っ飛んじまって、一気に行動に突っ走ってしまったわけだ。この辺の描き方はなかなか巧妙だ。
で、この川勝丹波守は江戸城の改築を任されておりながら、材木問屋と組んで私服を肥やそうとする悪どいキャラクター。ついでに見境なく女に手を出すスケベでもある。さらにいうと、自身の別邸を建てるため大久保彦左衛門の持つ空き地を手に入れようと画策もしている。この空き地は太助が彦左衛門の隠居所を作ろうと計画している土地でもある。まあ、全ての憎しみがこの川勝に向かうように仕立てられているのだ。実にわかりやすい。
この川勝の悪事をどう暴き、どう裁きをつけるか?彦左衛門は松平伊豆守と計らい川勝からさらに賄賂を受け取っている老中連中の悪行を懲らしめるための策として、一旦はその空き地を川勝に下げ渡すことにするのだが、そんな策も知らず、収まりがつかないのが太助兄貴。伊豆守の屋敷に乗り込んで、身分違いもヘッタクレもなく直訴するわ、空き地に居座って大立ち回りを演じるわの大暴れ。太助の気持ちを痛いほど嬉しく感じながらも、策のために屋敷への出入りを禁ずる彦左衛門。忠節を尽くしてきた彦左衛門に「破門」された太助は飲んだくれて二日酔い。
そんなところへ、許嫁を奪還しようと材木問屋が川勝のために設えた屋敷に忍び込んだ幸吉が半死半生の目に遭わされたから、さあ大変。おりしも江戸の町は祭りの真っ最中。魚河岸の仲間たちと、神輿を担いで、材木問屋の縄張りに殴り込みだー!!
ここで派手なチャンチャンバラバラはあるのだが、町人同士の喧嘩ゆえ、血は流れない。あくまでも素手ゴロで、せいぜい丸太棒で打ち合う程度。で、最後は伊豆守が出てきて、悪事は全て明らかにされ、彦左衛門と太助の関係も修復。あーめでたいめでたい。これ以上の結末なんぞねーじゃねーか、素直に喜びやがれ、このヒネクレもん!!
いわゆる銀幕のスターたちが活躍していた時代は、こういうのが一番ウケたんだろうし、今観てもスカッとせざるを得ない結末ではある。わけのわからんことが多い昨今の世の中では素直に喜べる結末の物語はホッと安心できる。何よりも躍動する若き中村錦之助は古き良き時代劇を偲ばせてくれた。