脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

ぶっちゃけ、蛾はほとんど関係なくね? 『吸血蛾』観賞記

 

 

私の「師匠」北杜夫氏は無類の昆虫好きで、中でも蛾を好み「同じ鱗翅目に属す蝶は好まれるのに、蛾は忌み嫌われる存在だ」と憤慨する内容のエッセイを書いていたと記憶している。蝶が明るい陽の下で、美しく羽ばたいて咲き誇る花から花へ飛び回るのに対し、蛾はくすんだ色の羽で夜行性、灯火に群がる際に、時折誤って人間に激突して暗い色の鱗粉で人を不快な思いにさせたりするから、ネガティブなイメージをもたれてしまっているのは事実。

この作品も、そんな蛾のネガティブイメージに加え「吸血」なんて冠までついているので、生きた人間を蛾が襲い、血を吸い尽くしてしまうようなストーリーなのではないかと、勝手に想像して観始めたのだが、タイトルにも記した通り、蛾はほとんどストーリーに関係してこない。東野英治郎演じる謎の老人江藤俊作が経営する昆虫館の主要な展示品が蛾であることが唯一の繋がりで、実際に蛾が人の血を吸うような場面は皆無。年に数例、人が襲われることがあるだけで、サメが途轍もない悪者とされるのと同様、闇の中を飛ぶというネガティブイメージを勝手に「増幅」されてさらにそれを勝手にタイトルにされてしまったという、「蛾」にとっては誠に迷惑な作品である。

 

数々の殺人事件は起こるのだが、その「犯人」は全て「狼男」なのである。なんで「蛾」がいきなり出てくるのか、本当に理解に苦しむ、というのがこの作品の最大のミステリーだ、まったく。

 

私の憤慨はさておいて、ストーリーの紹介に移ろう。デザイナー浅茅文代は各種のコンクールで優勝するなど名声を誇っているが、実はそのデザインは伊吹徹三という、パリで文代と同棲していた男のもの。伊吹は先述した謎の老人江藤の双子の弟という設定で、双子だけにこの二人はそっくり(東野英治郎氏が二役を演じている)。で、この双子という設定が後々いろんなところに影響を及ぼしはするのだが、伏線としては弱い。

 

この伊吹という男はパリで「狼憑き」(日本でいう狐憑きと同じで奇行・乱行を繰り返す)にかかってしまったので、文代は日本に逃げ帰ってきており、盗用したデザインの原画は唐突に登場してきた、正体不明の覆面男から買い取っては廃棄するということを繰り返している。

 

こういう背景の下、文代のデザイン事務所のモデルたちが次々と殺されてしまう。で、その犯人は誰なのかを池部良扮する金田一耕助が解き明かしていくというのが身も蓋もないストーリー紹介。まあ、ミステリーのネタバレほど興醒めするものはないから、どんな仕掛けが施されているかは是非とも実際の作品をご覧いただきたい。

個人的には塩沢とき女史(当時の名義は本名の塩沢登代路)が、後のイロモノ路線とは真逆の美人女優として堂々と「殺された」ことが印象深かった。ちゃんと華のあるモデル役を演じていた。

 

また有島一郎氏の真面目な好青年ぶりも印象に残った。彼も後のコミカルな演技とは真逆のシリアスな演技で、重要な役どころを演じきっていたという印象。今ならさしずめ名バイプレーヤーとして、各種のドラマに引っ張りだこになったであろう。

 

ミステリーとしては決して秀逸ではないが、いろんなツッコミどころがあり、それなりに楽しめた一作だったように思う。