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サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

イタリア、もう一度行ってみたいがいつの事になるやら… 『シモネッタの本能三昧イタリア紀行』読後感

 

 

何度も書いているが、今年は永年勤続のご褒美としてちょっとまとまった休みをもらえる権利があった。ここ2年ほどのコロナ禍が影響して、国内旅行ですら気軽に行けない状態であったのと、その影響もあって認知症が進んだ母親の介護を目的の一つとした郷里移住という一世一代と言って良い大イベントにその休暇は費やすことになったのも何度も書いた通り。

しかし、もしコロナがなかったら是非行きたいと考えていたのがイタリアだ。ちょうど10年前にも、やはり永年勤続のご褒美休暇をもらえる機会があり、その際に一週間ほど旅行してすっかりその魅力にハマってしまったからだ。10年前は、いわゆるツアー旅行で、ミラノから入国し、フィレンツェ(オプションでピサの斜塔も観に行った)、ヴェネツィア、ローマ、ナポリ(オプションでポンペイの遺跡も見物した)、の各地を文字通り駆け足で慌ただしく観ただけだったが、もし今回行けるとしたら、フィレンツェとローマで3日づつくらいを過ごして、ゆっくりと観て回りたいね、などと最高権力者様とも話し合っていたくらいだ。

 

どの街を歩いても、古代から中世の最先端の文化の香りが寸分の隙もなく満ち満ちている。食い物もワインも美味いし、きちんとした店なら本物の一流の品々が手に入る。「上澄み」の部分だけ見れば、魅せられるな、というのが無理な国なのである。

 

さて、著者田丸公美子氏は東京外語大のイタリア語科在学中から来日イタリア人のガイドを務め、23歳の際の初訪問時から数えて40年以上も毎年イタリアを訪れているイタリアに関してのエキスパート中のエキスパートだ。それ以上に、ご自身が語っている通り「イタリア愛」の非常に強い方である。たかだか一週間行っただけの我々ですら、恋慕と言って良いほどの情が湧く国なのだから、40年以上深い付き合いをしてきた彼女にとっては、イタリアはまさに「ベターハーフ」と言って良い存在なのだろう。

 

これだけ長い間、イタリアという国と付き合ってくれば、いいところだけでなく、悪いところや汚い部分、おかしな出来事、日本人のそれとは大きくかけ離れた「常識」なども当然目に付く。そしてそういうお話はとてつもなく面白い。土産物屋で買い求める小綺麗な品々より、地元民が行くスーパーに並んだ品々の方が美味なのと同様、そつなくまとめられたガイド本より、格段に面白いイタリアの姿を垣間見ることができるのが標題の書だ。田丸氏の別称である「シモネッタ」は下ネタのもじりではあるが、イタリアという国と付き合うと、自然とそういう話題が増えてしまうというのも事実だ。何しろ、男は女と見たら口説くのが礼儀という常識を持つ国なのだ。審査員が出場者と首尾よく関係を結ぶのを目的に美人コンテストが開かれてしまう(当然、より多くの審査員と関係した女性がグランプリを勝ち取る)お国柄は、羨ましいというか、浅ましいというか…。とにかく快楽のためには努力を惜しまない国民性をお持ちなのである。

 

この努力は何も性欲だけに向かうのではない。美食にも、ファッションにも、芸術にも向かう。ナポリの、観光バスが多数立ち寄る、小汚いドライブインで出された海鮮パスタですら日本で食べるものとは段違いの旨さだったし、ゲームセンターの片隅のショーケースで買い求めたパニーニのサンドイッチも素敵に美味だった。国際的に有名なアパレルメーカーや高級スポーツカーメーカーも多数あるし、世界的に突出した天才的芸術家が多数出現したりもする。ただし、先述したナポリドライブインで、各テーブルを回って「サンタルチア」などのよく知られた曲を歌って小銭をねだる「流し」の歌手は恐ろしく歌が下手だったが…。素晴らしい才能のすぐ傍に、こんなケチな人物たちがうじゃうじゃいるのもイタリアという国の魅力の一つだ。

 

家という、それこそ一生に一度あるかないかの大きな買い物をしてしまったことで、当家の財布は文字通りすっからかんになってしまったため、イタリアは地理以上に財政的に遠い遠い国となってしまったが、もし再訪する機会があるのなら、1ヶ月くらい、どこかの町で暮らしてみたい。そう感じさせてくれる一冊だった。