脳内お花畑を実現するために

サラリーマン兼業ライター江良与一 プロブロガーへの道

球界随一の辛口評論家の辛味を十分に味わってください『プロ野球激闘史』読後感

 

プロ野球激闘史 (幻冬舎単行本)

プロ野球激闘史 (幻冬舎単行本)

 

 最近、在宅勤務で通勤する事が稀になっているため、終業後はすぐにTV桟敷に腰を落ち着ける事が多い。で、ありがたいことに女房殿の定番視聴番組以外はチャンネル権が与えられているので、プロ野球を観る機会が多くなった。大学入学と同時にスポーツといえばラグビーという状態になってからは初めてのことである。それ以前の何をおいてもプロ野球観戦という状態だった頃は、まだTV中継は、バックネット裏から審判と捕手の背中を画面の中心に据えて写すという状態だった。もう40年以上も前のオハナシだ。

 

それはV9を達成した「大巨人時代」が終焉し、広島が初優勝を果たした頃だった。その後、パリーグから張本勲加藤初などの有力選手を引っこ抜くという、今にも通じる「札びらで頬を引っ叩く」補強で巨人が2連覇を果たしたが、3連覇を阻止し、球団創設以来の初優勝を果たし、余勢を駆って日本一まで上り詰めたのが広岡氏率いるヤクルトスワローズだった。ヤクルトというチームは当時のオーナーが巨人ファンであることを公然の秘密とするような球団で、優勝などという言葉には無縁だという意識が染み付いた、負け犬根性の見本のようなチームだったが、そんなチームを優勝にまで導いた広岡氏というのはどんな方なのだろう?

当時読み込んでいた巨人のファンブック的なものには1960年代の主力遊撃手というような記述しかなかったし、広岡氏が現役を引退したのは1966年のことなので、私は氏の引退時にはまだ父親と母親の体内のタンパク質にしかすぎなかったため、どんな選手であったのかを実際に観た記憶もない。メガネの奥の目がキラリと光る、少し怖そうなおじさんというのがその当時のぼんやりとした印象。後になって「ああいう人が、上司とか、取引先とかにいたらやだな」というイメージが勝手に刷り込まれた。西武ライオンズ監督時代の選手管理手法、土俵際の際まで押し込まれても、最後には逆転してしまう粘り強い采配などが印象に残る。

 

しかしながら、私にとっての広岡氏は超激辛野球評論家である。プロ野球中継の解説者などに起用されようものなら、見事なまでの火消しを見せてしまうからだ。

アナウンサーが興奮しながら

「二遊間強烈な当たり、抜けるか?抜けるか?いやショートの○○飛びついた!!そして、すぐに起き上がって一塁送球、アウト〜〜。いやいい守備を見せました、○○。抜けていれば一点は確実という場面でファインプレーが出ました!」

などと実況しようものなら、それこそ氷のように冷静に

「いや今の場面であのボールカウントなら次に投げる球種もコースもわかるはずですから、ポジションをちょっと変えておけば、正面で取れた打球です。あんな打球に飛びついて取るなんてプロとしては恥ずかしいですよ」

などと言い返し、アナウンサーの興奮に水をかけて熱気を完全に奪ってしまう。私のようなひねくれ者には、氏の解説は見事に筋が通っていて、一つ深い野球の見方というものを示してくれていると好ましく感じられるのだが、不快に思う方の方が多いのだろう。アメリカの大統領選と同様、あんまり「頭がいい」ってことを示しすぎるよりも、観客に近い目線で、結果に一喜一憂する解説者の方が一般ウケがいいらしく、TVからお呼びが掛からなくなって久しい。個人的には広岡氏が苦笑まじりに素人目線のアナウンサーを嗜めた後の「…」としか表現のしようのないなんともいえない空気感が好きだったのだが…。

さて、標題の書はそんな広岡氏の辛口な見方が十分に堪能できる一冊だ。選手時代の同僚であった二人のスーパースター(言わずと知れた長嶋茂雄氏と王貞治氏)、確執があったとされる当時の監督川上哲治氏、遊撃手のライバルと評された牛若丸吉田義男氏、対戦した金田正一氏、稲尾和久氏、杉下茂氏などのプレーについて、冷静な目で観察した事が記されている。広岡氏をもってしても批判だけをするわけにはいかない実力者ばかりが取り上げられている。

指導者として付き合った連中としては、ヤクルト時代の若松勉氏やチャーリー•マニエル氏、西武時代の工藤公康氏や秋山幸二氏などの成長や苦悩の姿を氏の視点で描いている。西武の監督の後継者である森昌彦(現祇晶)氏については、思いっきり辛口に批評している。参謀としては非常に有能で、かつ指揮官としては整った戦力を率いて勝ち切るという能力には恵まれていた、という風に褒めている部分もある。ただし、「育てながら勝つ」という点については一流とは言い難いと断言している。その育成下手が如実に現れた選手が清原和博氏で、チームとしては横浜ベイスターズ清原氏は「無冠の帝王」で終わった上に、引退後は違法薬物に手を出すような人間になってしまったし、育成途上の選手が多かった横浜ベイスターズでは優勝争いに加わることすらできない低空飛行が2シーズン続いた。うん、筋が通ってるね、実に。

最終章では佐々木朗希や大谷翔平といった、今後スーパースターになりうる選手に焦点を当て、現状の問題点と今後の育成方針について述べている。それぞれの選手についての詳細は本文に譲りたいが、過度な筋トレと、無闇なアメリカ野球への追従を戒めている事が興味深い。精神論的に「走れ、走れ」を錦の御旗の如く振りかざすことにも懐疑的ではあるが、金田正一氏を始め、大記録を打ち立てた投手というのは、下半身の安定こそが投球に力を与え、故障の回避にもつながるということを理解し、自分が納得するまで走り込んでいたという事実には大いに注目している。

 

大谷選手の怪我の多さは、筋トレのやりすぎだという指摘も興味深い。先述の清原氏も格闘家が行うのと同様の筋トレを行なって鍛えたが、結局怪我は減らなかったし、イチロー氏は筋トレそのものを一切やらなかったそうだ。現役で言えば巨人の澤村投手などもマニアがつくほどの筋トレ信奉者だが、成績は振るわない。野球には野球に適した鍛え方があり、それは必ずしもマシンを使った筋トレではない、という事が早く「常識」として定着して欲しいものだ。

 

ではどうして鍛えたら良いのか?「それを考えるのがプロってもんですよ。」と広岡氏なら答えるだろう。口元にやや皮肉っぽい笑みを浮かべ、メガネの奥の目をキラリと光らせながら…。