Kindleの日替わりバーゲン本コーナーから衝動DLしたのが標題の作品。
著者藤木氏は放送作家等を経て、この作品で文壇デビューしたとのことである。
作品の感想に入る前に、「目付」とはどんなものかだけ概観しておこう。目付とは江戸時代においては幕府の直臣である旗本、御家人を監査する組織で、直臣たちの行状や勤怠などの政務一般を監視し、不行状があれば上司である若年寄に報告し、裁可を仰ぐ役職である。若年寄配下ではあるが、独自の権限を持ち、老中などにも意見できる。旗本の中から優秀な人材を選抜して10人を定員として組織される。極私的なイメージでは検察庁あるいは常設の第三者委員会といったところだろうか。目付の下には徒目付、その下には小人目付という捜査機関を持つ。なお、大目付とは、大名や朝廷、高家に対しての監察を行なう機関で、こちらは老中配下であり、有力な大名が就任した。
さて、この物語の主人公は妹尾十左衛門という筆頭目付、齢40半ばにしてすでに在職20年を誇る切れ者で、どんな大身旗本であっても、一目置かざるを得ないというキャラクターが付与されている。配下には9名の目付がおり、重要な決断に際しては必ず10人の合議を行う、という慣習も設定されている。
旗本や御家人の不正に対しては(作品の最後では、大目付美作石見守家中の不行状に対しても)冷徹なまでに正義を貫くものの、弱い立場にあるものの救済に関しては全力を注ぐ…。
いろんな時代劇のヒーローのいいとこ取りをした上に、現代のビジネスリーダーに求められるような決断の速さと実行力を持ち併せているという、まさしく理想の上司という設定がなされているのだ。
時代小説だというのに、江戸時代の香りよりは、先進的なオフィスに入居した大企業の法務やら監査やらを受け持つ部署の責任者の控えめなオーデコロンの香りが漂ってきそうな趣なのである。
時代小説によくある、斬った張ったの血なまぐさい場面は皆無。ほんの小さなほころび、疑問点から、その背後に潜む巨悪を暴き出す、という意味においては、タイトルにあげたようにコンプライアンス絶対重視の島耕作、あるいは、少し人情味のある杉下右京を感じさせる。
作者の出自が放送作家だったこともあってか、各々のキャラクターに対するキャストの人物を思い浮かべやすい。ちなみに私は主人公妹尾は堺雅人、初っ端で抜てきを受ける桐野仁之丞は東出昌大、妹尾の義弟橘斗三郎は二宮和也、敵役の美作石見守は遠藤憲一の各氏をイメージして読み進めた。こういう楽しみ方もできる、なかなか楽しい一冊であった。